第3話「出会いはあくまで衝撃的です」


 厚木さんと『付き合えるようになる』と言えば曖昧な表現なので、恥ずかしげもなく『恋人同士になれる方法』という条件でラプラスには演算してもらっている。


 去年の秋くらいに俺が意識し始めてからは、繰り返し頼んでいた。


 今のところ、俺がどんな行動をとろうと、厚木さんと一緒にいる未来が見えない。理由はわかっている。


 彼女には好きな人がいるのだ。


 よくある話か?


 だが、事情はそこまで単純ではない。


 相手は女の子であり、厚木さんは女性同性愛者レズビアンである可能性が高いからだ。


 ゆえに、その好きな人に厚木さんがフラれたとしても、俺にはチャンスが与えられない。どんなに彼女にアタックしようが、男の俺に惚れることなんてありえないのだから。


 それでも俺は諦めない。ポジティブに考えるなら、彼女は女性同性愛者レズビアンではなく両性愛者バイセクシャルという可能性もあるからだ。


 彼女の優しさ、すべてを受け入れるというスタイルは、俺の愛さえ受け入れてくれるのではないかという希望を生み出してくれる。


 そんな『キモい』こじつけの理由を見つけて、俺は精神状態を保っているだけ。


 今までに数千以上のアプローチ案を出しているが、どれひとつとして俺と厚木さんが恋人同士になるような未来には繋がらない。そのシミュレートの中で俺はずっと彼女にフラれ続けている。


 焦っても仕方がないことはわかっている。諦めるのも手なのかもしれない。


 しかし、もうひとつの理由により、どうしても彼女と付き合わなければならないのだ。


 正確に言えば、俺は彼女を幸せにしなければならない。それも、あと半年という期限タイムリミット付きで。


 時間が有限でないのには事情があった。それこそが、俺が必死になってハッピーエンドを探る理由となっているのだった。


 その事情に関しては、説明すると長くなるのでここでは一旦置いておくが。


『あんたの思考ってストーカー気質よねぇ』


 ラプラスには時々嫌味を言われる。今回も良い案が見つからなかったので思考を停止し、俺対話を終わらせた。


 その気になれば無限に近い時間の中で、ずっと答えを探すこともできるのだが、それはかなり効率が悪い作業だと思う。


 ある程度、外界から情報を得なければ、今回のような複雑な事象を解決することなどできないのだから。


 最近わかってきたのが情報の大切さだ。成功率の高い作戦を立案するのには、現状の把握、そして周囲の情報を集められるだけ集めることが重要であるということを思い知る。


 時が正常に戻ると、視界が明るさを取り戻した。


「まりさ、行くよ。用事終わったでしょ」


 不機嫌な声を上げたのは、厚木さんの後ろに付いてきた彼女の友人である2年1組の高酉たかとり亞理壽ありすである。


 身長は厚木さんより頭ひとつ小さい。彼女が155cmと聞いたことがあるので、高酉は145cmくらいだろう。


 ショートヘアで前髪が綺麗に切りそろえられたボブカット。そして、いつものように半目で俺を睨む。いわゆるジト目だ。


 高酉と厚木さんは中学からの付き合いだと聞いたことがある。ふたりの仲が良いのはわかるが、高酉は終始、俺と厚木さんとの会話を不機嫌そうな顔で聞いているのが釈然としない。


 どうやら俺は彼女に嫌われているらしい。


 そして、その高酉に密かな想いを抱いているのが厚木さんなのであった。


 ちなみに高酉は単純に人見知り。基本的には異性愛者ヘテロセクシャルであると聞いていた。厚木さんの話では、彼女はアイドルとかイケメン俳優の話題は出すらしい。あと、アニメやマンガの男キャラなど。


 厚木さんの恋が実らないのは明白だった。相手にその気がないのだから。


「おまえら最近、仲良いよな」


 富石が空気を読まない発言をしてくる。その瞬間、空気が張り詰めたような気がした。厚木さんは表情を変えずにいつものままだが、高酉は今にも怒り出しそうである。


 高酉の独占欲の強さは今に始まったことじゃない。これが、純粋な百合なら優しく見守ってもいいんだが、こいつの場合はプライドのために親友をとられたくないというワガママだ。


「あ、アレだよ。図書委員あるあるだ。図書室の受付当番が一緒だと、どうしても本の話になるからな」


 嘘は言っていない。ちょっと高酉の扱いにビビっただけである。あの子、本当に取り扱い注意だからな。あの子を怒らせて厚木さんと会話できなくなるのも悲しいし……。


「そうだよね。周りが本ばっかだから、話の話題は本につきるし」


 厚木さんは普通に会話にのってくれる。きっと「仲が良い」と言われても、男女関係という意味を自動的に脳内で排除しているのだろう。


「そうそう。図書室の受付は暇なんだから仕方ねーだろが」


 俺はなんとかその場を収めようと、心にもない言葉を並べ立てていく。


 仲良くなりたいのは俺個人の事情。厚木さんの方は、自分が持っていない本を貸してくれるクラスメイト、くらいにしか思っていないのかもしれない。


 この片思いは俺がどんな行動をとろうが叶うことはない……今のところは。



 **



 図書委員で一緒だった厚木さんとは、1年の時に何度か同じ受付当番で仕事をしたことがある。


 初めて見た時は驚いた。俺が昔世話になった恩人にそっくりだったのだから。


「厚木さんってさ、中1の時に俺に会ったことないよね?」


「中一っていうと4年前だよね? ごめん、街ですれ違ったかもしれないけど、そこまでは覚えてないよ」

「いや、俺さ、厚木さんによく似た人に命を助けてもらったことがあってさ。もしかしてって思ったんだ」

「そんなインパクトのあることだったら忘れないって。それにわたしに人助けなんてできないよ」


 だったら次の可能性を質問する。


「厚木さんって双子の姉妹とかいる?」


「え? 双子? 4歳離れた弟はいるけど、双子ではないかな」


 さすがに髪飾りのことは聞けなかった。姉妹がいるかどうかのプライベートな質問だってハードルが高かったのに、女の子の身につけているものについて聞くなんて、その当時の自分としてはちょっと抵抗があったのだ。


 それでも少しずつ彼女とは仲良くなっていく。


「へぇー、土路クンって少女マンガも読むんだ。めずらしいね」


 はっきりいって受付当番の仕事は暇だ。そんなにしょっちゅう本を借りに来る生徒がいるわけでもなく、たいていは受付席に座って暇を持て余す。


 それほど親しくもない女の子と二人きり。気まずい雰囲気になるのも嫌だったので、相手が好きそうなコミックの話題を出してみた。ま、知っていればラッキーくらいの話題振りだったと思う。


 それが予想以上に大当たりで話が盛り上がっていったのだ。


「厚木さんだって、少年マンガ読むって言ってたじゃん」


「うちは弟いるから、家に普通にあったんだよ」


「俺の家だって、妹がいるよ」


「へぇ。土路クンって妹いるんだ。ね、いくつ?」


 好奇心旺盛な瞳。ぐいぐいと食いつくその姿にちょっと圧倒される。


「いま中2。めちゃくちゃ生意気だぞ」


「えー、いわゆるツンデレってやつじゃないの?」


 ツンデレという言葉を普通に使ってくる時点で、どういう人種かは多少理解していた。ゆえに、同類の部分で趣味が噛み合ったのだろう。


 ちなみに妹はツンデレでもなく、単純に生意気な小悪魔系だ。


 というか、厚木さんはわりと人見知りしないタイプなので、俺に対しても物怖じせずにどんどん会話が進んだという感じかな。


 お互いにマンガだけに限らず物語全般が大好きで、それに対して語りたいというのもあったのかもしれない。


 この時はまだ、それほど彼女を意識はしていなかったと思う。


 それから半年ほどして、ちょっとした事件が起こる。もちろん、俺の中にいる悪魔が絡んだことだ。


 それは用事で隣の駅まで行ったときのことだった。



 その駅周辺は、家の最寄り駅より商店街が発展しているので、大きな本屋もある。目当ての本を探しに行くこともあった。


 その道の途中で厚木さんに出会う。彼女は買い物の途中らしく、水色のエコバッグを手に提げていた。


「おはくま!」


「いや、今。朝じゃないだろ。というか、俺、熊じゃないし、てかリラ○マのぱくり?」


 開幕一発ギャグなのか、それともナチュラルにこんな人物だったのか、俺はまだこの時点では知る由もなかった。


「とも言い切れないよね。業界関係者だと昼夜問わず朝の挨拶を使うじゃない?」


 言動が少しばかりカジュアルなのも同じ図書委員で少しは仲良くなれたからであろう。とはいえ、意味不明な挨拶には困惑してしまう。


 私服の彼女はとても新鮮だった。もう秋も半ば、厚手のピンクのワンピースに薄い赤のカーディガンを羽織っている。派手すぎず、それでも華やかさがあるコーディネートだ。


「そういえば土路クンって、家ここらへんなの?」


「いや、家は隣の○○駅の近くだよ。ちょっとこっちの駅前の本屋に用事があってさ」


 ガードレールのない狭い歩道なので、少し端に寄って話を始める。


「そうなんだ。わたしは買い物でさ」


 といって、手に提げていたエコバッグを軽く上げる。中にはネギやら人参やら、卵のパックが見えた。


 その時だった。厚木さんの背中へと誰かがぶつかった。その拍子に彼女が倒れ込んでくる。


 俺が思わず彼女の両肩を支えた瞬間に、悪魔が起動する。


『あと2秒くらいで、もうひとり、男の子が彼女にぶつかってくる。そのせいで、彼女とそのぶつかってきた男の子が大けがをするよ。あと、あんたも右肘に擦り傷を負うわ』


 ラプラスが自動的に起動して忠告をしてくる。もちろん、いつものパターンで時間はほぼ停止していた。


「状況がよくわからない。もう少し詳しく教えてくれ……ってか、2秒しか猶予ないのかよ!」


 相手に触れてからの未来予知だから、これくらい短いことは今までもあった。


『今ぶつかってきたのは6歳の男の子。2秒後にぶつかってくるのは、その兄の7歳の男の子。たぶん、弟と追いかけっこでもしてたんじゃないの?』


「小さい子だってのはわかったし、不慮の事故っぽいのも理解した。具体的にはどこにどうぶつかって転ぶんだ?」


『今、あんたはバランスを崩した彼女を支えている状態なの。その彼女に、さらに男の子がぶつかってくる。結果、あんたは支えきれずに転倒。彼女も支えを失って同じく転倒して頭を打つ』


「頭はやべーな。男の子の方は?」


『車道側に転がって車に轢かれるよ』


 うわー、どんだけ不幸が重なるんだよ。時間が停止しかけたこの世界で思わず身震いしそうになる。


「とりあえず、ぶつかる直前までの映像を見せてくれ」


『ほい』


 いつものごとく頭の中に流れてきた映像を解析する。


「時間がないな。俺だけだったら避けるとかあるけど、今は彼女を支えている状態だし、この体勢のままじゃ二人であの走ってくる男の子を避けるのは難しい。仮に俺だけ避けても、好転しないよな?」


『そうだね。その場合は、厚木球沙はさらに頭を強打する。男の子はわずかに車道から足を出す程度になるけど、その場合はタイヤでもろに轢かれて左足を複雑骨折ってところかな』


「酷いのは変わらないのか……」


『どうする?』


「待てよ。考えるから」


 とりあえず厚木球沙と一緒に転ぶのは避けられない。なら、いかに彼女の頭部を守りつつ大けがしないで済むかを考えないとな。


 さらに追い討ちでぶつかってくるガキをどうするか。ガキは俺たちにぶつかったことではね飛ばされて車道へと放り出される。それをどうやって阻止するかも重要だ。


 いくつかの案が浮かび、その度にラプラスに演算を頼む。


 そうして、何百通りもの案を試行してようやく悪魔からのお墨付きをもらった。


 いつも思うのだが、俺は今までの思考時間を合計すればとっくに成人しているだろう。体感時間だけなら、そこらへんの大人より長く生きていた。


 それだけに、俺の思考はかなり研ぎ澄まされている。ナイフのように鋭く、時に誰かを傷つけることさえあった。


『用意はいい?』


「オーケー、覚悟はできているぜ。時を正常に戻してくれ!」


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