男の秘密

 この世界は一度既に滅びかけた世界である。

 その原因は……不明、とさている。諸説はある。

 曰く、山の怒りに触れ全てを溶かす炎を吹かせ、多くの人々を殺したから。

 曰く、大地が裂け世界ごと奈落の底に呑み込んだから。

 曰く、原生成物。ドラゴンやフェニックス。多種多様な凶暴な生物が人々を襲い、滅ぼしかけたから。

 

 そんな諸説の中に、こんなモノもある。

 

『魔法の悪用により、人々が自滅した』


 その昔、人々は魔法という技術を持ち合わせていた。

 多くの人が日々の生活に、何かトラブルの解決に、その力を使っていた。

 これは現代にも残る多くの文献にも記載されている事実である。

 そして、この現代においても、極限られた人間には今もなお、生きた技術。

 

 魔法の使える人間には、どの国でも重宝され、地位と名誉が約束されている。

 これが、ユーリアが知る、旧世界と魔法についての情報だ。


 御伽噺や童話のお話に出てくる、これらの知識や現実は多くの子供達にとって夢であり、なりたい、やってみたい、経験したい。の塊である。


 だからこそ、目の前で男のやって見せた事は、ユーリアの中で、驚愕であり衝撃。


 湧き上がる様々な感情の中で、思わず呟かれた言葉は、それが何であるかの確認であった。

 そして、それに対する返答に、彼女は頭を悩まされる。

『そんな便利なモノではない』彼はそう言った。


 肯定でも無いが、強い否定でも無い。

 ある種特別な何かである。と認められた事により、ユーリアにとっては複雑な思いとなり、関心が高まる。


「では、それは……何?」


 興奮、興味。それを出来るだけ抑える様に、彼女は彼に問いかける。

 

「これはね、精霊術って言うんだ」

『精霊術』その言葉に、ユーリアは聞き覚えが無かった。

 小首を傾げる彼女に、彼は微笑むと再度指をステッキの様に振り、淡い光を灯らせる。

「まあ、この話はまた今度にしましょう。今はその怪我の治療が先決です」

 ユーリアの額に、ちょこんと光指先を触れさせる。

 触れた指先は、普通の人肌より暖かく。優しく。

 身体の底から暖かくなれる様な、そんな温もりがあった。


「お嬢さんの治癒力を高める術をかけました。これで数日休めば、怪我をする以前より元気に慣れますよ」

 戯けた様に笑う彼に、ユーリアは何処か釈然としない表情。

 さて。と彼は言い席を立つ。


「もう暫く、ベッドで休んでいて下さい。その間に美味しいご飯をご馳走しましょう」

 そう言いドアに向かい歩く彼に。


「待って、まだ名前を聞いて無かったわ。私の名前はユーリア。貴方は?」


 ユーリアのその言葉に。彼は振り向く事なく、告げる。


「私に名乗る名などありませんよ」


******

 ドアを閉め、勝手知ったる家の中を歩く彼に。

『あら、名乗って上げないの?』

 その声は何処からともなく聞こえてくる。

 可憐で儚げな優しい声。

『もうそろそろいいんじゃ無いの?』

「ダメだよ。そんな簡単に僕は僕を許せないよ」

『自分に厳しくするのはいい事なのかもしれないけど、厳しすぎるのは間違っているわよ』

「そんな事ないさ。少なくても僕にはね」

『……ユクド』

 声の主は最後に彼の名前を哀しげに呼ぶ。


 ユクド。もしこの名を歴史好きか御伽噺、童話好きが聞いていたら、ピンとくる名だっただろう。

 

 それは滅びかけた旧世界において、最も発展していた帝国。齢17で帝王になった男と同じ名前だった。

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