招聘

「いや、それは私もどうかと思うのだが…。」


フォルト会長はやや否定的な見方を示す。彼と言えばカウンターサッカーのイメージが強いのでバルサには合わなさそうだ。どちらかと言えばマドリードに合いそうな印象である。しかし、秀徹は理論武装している。


「少し話を聞いてください。彼がバルサに馴染むと思っている理由を今から話しますから。

まず、どちらも同じアグレッシブなプレスを好んでいる点です。彼はディフェンスラインを高く保って、守備戦術を統一して相手に挑みます。今のセキテン監督の弱点を克服できるんです。

さらに彼はレッズではポゼッションを軸にした強いチームを作り上げてますし、コンパクトにまとめたサッカーを得意とします。ここもバルサに似ています。これによってバルサに足りなかった縦へのスピードも手に入れれますよ。

最後にコウケーニョと僕自身、彼に教わっています。つまり彼は僕らの扱い方をよくわかっています。きっとバルサを上手く指揮してくれるはずです。」


「む、むう…。そう聞けば検討の余地がありそうだなぁ…。」


フォルトも最初は否定から入ったが、徐々に考えが変わっていった。

クラップは今まで指揮してきたチームで結果を残し続けた男だ。レッズ時代に至っては優勝争いからは遠ざかっていたレッズをプレミア2連覇に導くなど、指揮能力に関しては圧巻の二文字が相応しい。どういう形であれ、結果を残してくれることには間違いないだろう。


会長は納得したが、まだ上層部全体の承認を取り付けれていないようで、リーグ12、13節もセキテン監督のまま進む。そして、次節がアスレチックマドリードとの重要な一戦という状況下、ついにバルサは大きな決断をした。



〜〜〜〜〜



もう12月の手前、寒くなってきたスペインに一人の大男が降り立つ。丸眼鏡にヒゲを生やし、帽子を被っている。彼こそ稀代の名将・クラップである。

秀徹もキャリア初の監督解任に立ち会う。シーズンの途中で解任される監督には、彼を追いやったうちの一人であるという事実を忘れて同情してしまったし、立ち去る後ろ姿に思わず涙したものだった。


クラップの監督就任にはメディアやファンから多くの批判が集まった。これは、バルサがここ2年ほど続けてきたティキタカ復興というスローガンを全否定するような行動であり、誤りだったと認めるのと同義だ。

それだけでなく、単にクラップがバルサで結果を残せるのか?という疑問もつきまとっている。リーガ13節終了時点でバルサは7勝3分3敗で5位。ここ数年では経験したことのないほど落ち込んでいるといえるだろう。

最近は守備に奔走させられて秀徹は攻撃に集中できず、パス回しは攻撃に繋がらず、前線の決定力も欠いている。誰が見てもダメなチームになりつつあった。



クラップは入団会見や様々なことを終えてからスペインの地を踏んだ翌日には練習に参加した。開口一番に彼が言い放ったのは、


「いいか、君たちは守備がまるで形になっていない。アスレチック戦まであと2日。とにかく守備の練習をしよう。」


という言葉だった。選手たち、特にベテラン勢はあからさまに嫌な顔をする。アスレチックマドリードは守備が堅固なことで有名なチームだ。やるならば攻撃の練習ではないのか?と疑問も噴出している。

だが、そんな不満を感じさせつつも練習で仕上げていくのがクラップという男である。もしこれを他の監督がやっていたならばこんなに素直には言うことを聞かなかったかもしれないが、クラップはバルサの選手からも一目置かれている。疑問を感じながらも彼を信じて選手たちは練習に臨んだ。



初日の練習後、クラップは居残りで練習していた秀徹に声をかける。


「シュウト、久しぶりだな。僕を監督に推薦したのはお前なんだろう?」


「はい、バルサとは合わないかもしれないとわかっていたんですけど今のバルサには監督の力が絶対に必要だと思って…。

でもここまで批判されることになるなんて。本当にすいません。」


クラップが練習場に入ってきて、秀徹は素直に喜べなかったのだが、そこにはそういった責任感があったからだ。


「大丈夫だ、謝ることなんかない。批判は活躍して吹き飛ばせば良い。そうだろ?」


久しぶりに会って話したクラップはやはりたくましく、頼れる監督だった。



リーグ14節、アスレチックマドリード戦だ。アスレチックはCFにジョレンタ、モラテを置いた4-4-2を採用している。このチームは堅守速攻をモットーにしており、守りが堅い上にカウンターが速い。いかに相手の守備を打ち崩し、カウンターのチャンスを作らせないかが鍵になる。


この2日でクラップはまず前線での守備の仕方を徹底的に教え込んだ。クラップもオファーを受けて4日ほどで決まったこの話であるが、バルサのことをよく研究してきたようで、弱点を的確に補強していった。

また、今までバルサが曖昧にしてきたディフェンスラインを上げた際の守り方も叩き込んだ。具体的には相手とどのような距離感を保つのか、どんなタイミングでプレスをかけるのかなどだ。

まだ2日の仕上がりなのでクラップが目指すチームからは程遠いのだが、とりあえずその基礎固めは出来ただろう。


試合はホームのバルサからのボールで始まった。今回の試合はとりあえず勝ちにいっている。なので、ティキタカなどの戦術には囚われない布陣で挑む。バルサファンが懐疑的にクラップを見ている今、ティキタカに囚われて負けでもしたら猛烈な批判を受けるに違いないからだ。

4-3-3のフォーメーションで、LWGに秀徹、CMFの三人にはブスケット、ヤング、ビザルという守備的な配置がなされている。

この三人はパス回しは得意であるが、チャンスメークを請け負う選手がいない。クラップ的にはそれは秀徹がやるべきだと思っているようで、秀徹は実質的にOMFのような振る舞いをしている。動き回ってボールを足元に置き、前へと運んでボールを散らす。結局はメーシュと同じような役割である。

ただ、一つメーシュと決定的に違う点がある。それは彼が守備に協力的である点だ。ローガンやメーシュの二人は長年ありえないほどゴールを決め、ドリブルやアシストなどの様々な面で所属チームを助けてきたが、守備に関してはほぼ何もしていないに等しい。なのでそこが穴になることもしばしばあった。

しかし、秀徹はむしろ守備が上手い選手。ボール奪取にも長けておりパスコースを的確に切ることもできる。そういったこともあってバルサに前線から奪って攻撃をそのまま仕掛けるという新たな選択肢が生まれる。


先制点はそういった場面から生まれた。グレーズマンと秀徹のコンビは左サイドで重点的にプレスをかけていた。そして前半21分、GKからRSBへのパスが通った。それを秀徹とグレーズマンが追いかける。縦へのパスコースは秀徹が塞ぎ、ディフェンスから見て左のパスコースはグレーズマンが塞いでいる。

そこでその選手がすぐにGKに戻せば事なきを得たかもしれないが、彼は振り向きざまにダイレクトで前へと飛ばすという高度なことをしようとした。当然それは成功するはずもなかった。


グレーズマンはRSBの選手がボールを蹴るのと同時に足を振って足にボールを当てる。ボールには上手くバックスピンがかかって浮き玉となり、ペナルティエリアに落ちる。

秀徹はその様子を見て咄嗟に走り出してグレーズマンを追い越し、ボールをトラップ。GKとの1vs1を確実に決めた。



その後もバルサは速いプレスをかけ続け、アスレチックにほとんど決定機を作らせない。この、前へと出る守備の仕方は相手の決定機の数を大幅に減らす効果がある。ただ、決定機を作られたら完全に崩された形になるので、より致命的となる。

前半45分、少し前半の終わりに気を抜いたバルサの守備陣はロングフィードを受けるために抜け出したモラテへの対応が遅れる。彼はフィジカルが強く、CFとしての能力が高い。そして、ボールを足元に収めてバルサDFを引きつけた後にもう一人のCFジョレンタに渡す。

ジョレンタはDMFとしてクラブマドリードから移籍してきた選手だが、19-20シーズンからCFにコンバートされて活躍している。昨季は13ゴールを記録した。

ジョレンタはボールをバルサの選手に寄せられながらも受け取ってシュート。簡単な場面ではなかったがゴールを生み出した。



「むう…、まずいな。」


このゴールを受けて、クラップは唸る。流石に2日では守備は完成しないことはわかっていたが、秀徹たちがいる前線の第1防衛線、さらにビザルとヤングによる第2防衛線が突破されると簡単にやられてしまうことがわかった。

このままではアスレチックのペースになってしまうかもしれない。ハーフタイム後にどうしようかと思索を巡らせていた。そこへ、


「俺を使って下さい。」


とコウケーニョがクラップに話しかける。コウケーニョは以前まで王様のように振る舞っていた。レッズ時代には全てが順調で、自身の圧倒的なセンスに任せてサッカーすれば活躍できた。だが、バルサに来て見事にそれが打ち砕かれ、その後もチームを転々とする中で色々と考える機会が増えた。

特に、以前は戦術についてほぼ何も考えていなかったが、出場機会を増やし、活躍するために考えるようになった。今回の試合でも誰が穴になっているか、守備はどうしたらいいか、自分が入ったらどうすべきかなどをベンチで考え抜いていた。

試合勘や勢いは以前に劣るかもしれないが、選手としての頭の良さやタフさは以前とは比較にならないほど向上した。


「よし、わかった。ファビオのいたRWGに入ってくれ。」


クラップとコウケーニョが交わす言葉は少ない。だがそれは、二人の信頼関係がしっかりと構築されていることの証左でもあった。



RWGにコウケーニョが入ると、積極的な前線のプレッシャーが完全な形で発動した。コウケーニョは決してディフェンス能力は高くないが、守備をする意思がある。そこが何より大事で、ボールを奪うつもりがある選手を相手にするのと奪うつもりのない選手を相手にするのでは与えられるプレッシャーが全く違う。

コウケーニョは走り回ってボールをとにかく奪おうと必死だ。もし彼がLWGやCMFに入っていたらこれは割と致命的な穴になっていたかもしれないが、彼の後ろにはダイナモ (発電機のように目まぐるしく動く選手のこと)であるビザルがいる。

彼が走力を活かしてコウケーニョの穴を上手く埋めることで、コウケーニョの守備力が高くないのを補っている。


そして後半9分、中盤でコウケーニョのプレスから綻びを生み出し、ビザルがボールを奪ってチャンスになる。純粋なチャンスメーカーのコウケーニョが入ったことで、秀徹が担っていた役割が随分楽になる。

コウケーニョがボールを運び、秀徹はフィニッシャーに集中できるようになった。

ビザルからコウケーニョがボールを受け取り、少しドリブルしてからコウケーニョは中央のペナルティエリアの線上で相手を背負うグレーズマンにパス。グレーズマンはボールを左足のヒールで右足の後ろを通すように流し、左サイドの秀徹の元へとパスを供給した。


ペナルティエリアの良い位置に抜け出した秀徹はそこから右足で半円を描くようにボールを蹴り、対角を狙ったカーブシュートを放つ。練習量がカンストしたような選手の良い体勢でのカーブシュートだ。ボールはえげつないほどの曲がり方をしてゴールのサイドネットへ。ゴールは美しいシュートを受け、激しく揺れた。


その後もバルサはこのアスレチックをなんとかやり過ごし、2-1というリードを守って試合を終えた。

明らかにやりたいことが決まっている試合。バルサのファンたちはここ数年間はなかった期待感に心躍ったものだった。



高橋秀徹


高橋秀徹


所属 バルサシティ

市場価値:3億1000万€

今シーズンの成績:

リーグ 14試合、8ゴール、3アシスト

CL 5試合、2ゴール2アシスト

全公式戦 20試合、10ゴール5アシスト

総合成績:263試合、209ゴール、105アシスト

代表成績:32試合、25ゴール、10アシスト

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