第23話 サイレージ 1


 王宮の書記官から、候補の家を5軒提示されていた。

 サイレージを作るのに、ロールベーラーとラッピングの機械はないし、通気を遮断するシートも、とても大量には確保できない。

 かといって、サイロも作れない。なんせ、石工さんたちの仕事量も石材の供給もいっぱいいっぱいだからだ。で、仕方なく空き家を使おうって話になって、王様にお願いしていたんだ。

 その5軒の中から作りがしっかりしていて、隙間風なんかが入らなくて、部屋の大きさが比較的揃っている2軒を選んだ。

 壁と天井が漆喰仕上げなのも大きい。これで結構気密が保てるはずだ。


 王宮にお願いして、使った紙とか廃棄する薄いヤヒウの羊皮紙とか、ことごとく取っといて貰って、それを払い下げて貰ってきた。

 ハヤットさんのところから3日間、3人の若いもんを借りてきて、目張りを手伝って貰った。

 単に紙だと通気してしまうので、糊でくっついたらそこにヤヒウの脂を塗る。

 これで結構密閉ができたんじゃないかな。


 あとは、草をできるだけ隙間なく詰め込み、コンロに火を付けて草に引火しないように置いたら、ドアを閉めて目張りをする。少しでも酸素を減らそうって考えだ。

 部屋ごとにこれを丁寧に行えば、全部の部屋は無理でも、きちんとできあがる部屋もあるはずだと思う。


 畑の牧草は、ギニアグラスとアルファルファが中心だけど、実を採ったあとのトウモロコシなんかもみんな使う。タットリさんが、収穫後のトウモロコシの茎を囓って、「すげー甘さだ」って感動していたからね。

 まさか、実じゃなくてそっちまで甘いなんて思いもしなかったし、そうなると、人が食べるのには固くてダメでも、家畜の餌に使わないともったいないじゃん。


 サイレージができれば、家畜の冬越しの支度は万全になるからね。



 − − − − − − − −


 この数日前、大鎌の試作品ができたから見てくれって、タットリさんから連絡があったんだ。エモーリさん、さっそく大鎌の刃を作ってくれたらしい。

 で、ルーと3人で連れ立って、ヤヒウを飼っている農家さんのところへ行って、大鎌を見せてもらった。

 もう、完全に見た目は死神の大鎌。

 それが2本も、壁に立てかけてある。

 熊手も3本。

 なんか、大鎌を持たせてもらった瞬間って、「小生は定められた終わりの先を……」とか言いたくなるよね。

 死神、カッコえーな。


 で、コレ、すっごいことに、木の柄が付いている。

 思わず「マジか」ってつぶやいちゃったけど、サフラから来た木材だってさ。やっぱり、ダーカスの植林のせいで、20年経ったら木材が暴落してタダ同然になってしまうからって、死蔵されていた在庫が出回りだしたらしい。

 この間の川下りのボートの竿もだけど、木材が出回りだすと、単純な棒とか柄とか、一気に便利になるよね。


 サフラの国、経済的な弱者になってしまう前に、着々と手を打っているんだな。

 サフラは魔素流で焼かれない土地にある国だから、寒冷化で永久凍土に閉ざされた地に、凍りついた木材の在庫を持っているらしい。だから、ダーカスの植林は、サフラにとっては痛いんだ。

 でも、サフラの利権を守っていたら、世の中滅びてしまう。なんとも申し訳ないんだけれどさ、この世界にまともな木が生えてないからこそ成立していた利権は守れない。

 つまり、植林はやめられないよ。


 で、その畜産農家さん、えっと、テュズさんって紹介されたけど、この大鎌、使って見せてくれることになった。

 ヤヒウの群れがテュズさんによく懐いていて、ぐいぐいすり寄ってくるのをタットリさんとルーとで追い払う。

 それだけじゃない。この世界につれてきたときには子犬だったのが、大きくなって牧羊犬修行を始めているから、この子達はヤヒウよりさらにテュズさんにくっつきたがる。

 で、この子たちを、鎌で怪我させちゃったらシャレにならないからね。いくらルーが魔法で治癒してくれたとしても、前足を切り落とされて怯えない動物がいるもんか、と。


 テュズさん、腰を据えて大鎌を斜め下の地面ギリギリに構えて、下半身は動かさず、腰だけの回転で草を刈っていく。

 俺の世界で、堤防の除草を業者さんがやっているのを車を運転しながら横目で見たことがあるけど、刈払機使っているのと変わらない姿勢とスピードだよ。

 みるみるうちに刈られた草が、鎌の振り終わりの位置にきれいに一列の山と並んだ。


 「やってみますか?」

 声を掛けられて、いそいそと大鎌の柄を握る。

 なんか、すげー嬉しい。

 ついでに、やっぱりなにか言いたげなルーの視線は無視する。

 俺はね、ルーが望むような聖人じゃないんだよ。大人気おとなげない人間なんだよ、ふんっ!


 動きは見ていたんだけど、真似るのは案外難しいな、コレ。

 あたり前のことだけど、鎌の刃は地面スレスレを走る。

 だから、右手、鎌の刃に近い方を持つ手が、柄尻を持つ左手よりずっと下になる。

 だから、なんとなく上半身を前向きに倒し続けておかないと刃の高さが一定しないし、身体を腰で回すのも、なんか引っかかる気がしてスムーズにいかない。

 構わずぶんぶん振り回しているうちに、やっぱり腰が痛くなってきた。


 うーん……。

 「これって、1日やっていたら身体、痛くならないですか?」

 「仕事していたら、痛くなるのは当たり前でしょう?」

 テュズさんに、素で返されてしまった。


 ついでに、タットリさんが酷いことを言う。

 「『始元の大魔導師』様は貧弱でございますから……」

 ……それ、もしかして流行ってんのか?

 で、やっぱり、ハヤットさん発かな?

 2回目だけど、やっぱりカチンと来るぞ。


 この世界の人達は、肉体労働が当たり前過ぎて、辛いのも当たり前になりすぎている。

 まったくもー、労働衛生みたいな考えがないんだから……。


 どうしようって考えて、ホームセンターの刈払機が頭に浮かんだ。

 あれって、柄にさらに操縦桿みたいな柄が付いていたよね。だから、握りの向きは、垂直方向になっていて、腕を拗じらなくて済むし、柄が高い位置まで伸びているから身体も前に倒さなくていい。


 そか、その手があったよ。

 しかも、幸運なことに、この大鎌の柄は木だから、細工もできる。

 で、体型とかもあるから柄の柄の取り付け位置は、俺が固定しちゃうわけにはいかない。

 でも……。

 周りをきょろきょろしたら、ヤヒウの肋骨が目についた。

 そうだよね、ヤヒウは骨に至るまで捨てる場所のない家畜だから、これくらい当然転がっているよね。

 で、革紐を借りて、大鎌の柄に結ぶ。

 

 ぶんぶん。

 おおっ、楽!

 これなら楽だ。

 足を肩幅よりも広くふんばって、上半身だけを回す。

 鎌の刃の自重で遠心力が付いて、軌道が安定するし、戻しも楽。


 「テュズさん、これ、使ってみて。

 柄に付けた骨の位置は、自分の体に合わせて変えるつもりで」

 そう言って渡す。


 ぶん、ぶん。

 「おお」

 「『始元の大魔導師』様は貧弱ですから、すぐ楽をすることを考えるんですよねー」

 ふん、このくらいの皮肉は許されるだろ。


 「俺にも貸してみ」

 とかタットリさんが言って、大鎌を振る。

 「ああ、なるほど。これは嘘みたいに楽になる」

 「『始元の大魔導師』様は貧弱ですから、これくらいしかできることがないんですよねー」

 ふん、皮肉の第2弾だ。


 「ちょっと。

 タットリ、テュズ、『始元の大魔導師』様が根に持ってる」

 ちょ、ルー、そういうことを、冷静に言うんじゃねーよ。

 タットリさんとテュズさんの、俺のよりずっと高い位置からの視線が、俺の全身を撫で回す。


 「『始元の大魔導師』様は、頑健でいらっしゃって、しかも我々が楽になるようにとお考えいただけて、ありがたい限りでございます」

 「そうですねぇ。

 その知恵の深さは及びもつきませんし、その筋骨におかれましても、我々の及ぶところではございません」

 ……喧嘩売ってんのか?

 で、喧嘩しても、きっとその片手にすら勝てない。


 ルーっ!!

 俺が追撃されてんのは、お前のせいだかんな!

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