第5話 避雷針アンテナ設置


 ルーの「1回帰れば?」という提案のせいで、喰っちゃー寝を奪われた俺は、それから必死で働いた。

 そりゃあ、帰れるんなら嬉しいからね。

 元の世界での家賃だって、前もって一年分は振り込んでおきたいし。


 その後、コンデンサについては、ネックだった雲母の運搬が一気に解決された。もっとも、この世界標準の量のレベルで、だけど。

 エモーリさんに話しておいた、ネコ車が完成したんだ。

 ついでに、小型二輪台車も。

 しかもしかも、ゴムコーティングした鉄製だぜ。

 10日かそこらで大事業主になっちまったエモーリさん、このあたりのバックオーダーを数百も抱え込んじゃったけど、俺の方に優先的に納品してくれたんだ。

 材料の鉄は、王様の専売鉄を作る太陽炉から来ている。だから、王様も喜んでいるだろう。

 これまで出費ばかりだったからね。ようやく、首が繋がるはずだ。


 おかげでギルドの面々、ゼニスの山に行く人数は半数以下で済むことになった。それでも前よりも多くの雲母を持って帰れるから、実用性のある車輪ってのは凄いもんだ。これだって、まだ山道は通れないから、雲母の採掘場から山の麓まで、雲母を担いで3往復してのことだから。

 道路の整備と、動力車輪が当たり前の俺の世界の効率って、凄いより畏怖のレベルなんだって初めて自覚したよ。



 − − − − − − − 


 「求む、高い所が怖くない人。

 一日の高所作業、銅貨70枚支給。6名募集」

 ギルドの掲示板に、そう張り紙をする。

 ついに避雷針アンテナができたんだ。

 避雷針アンテナは、正確には避魔素流針アンテナだけど、長いからもう避雷針アンテナでいいやと思っている。


 当然のこととして、取り付けは、円形施設キクラの屋根に上ることになる。

 俺は慣れているけど、ここの人達は、屋根職人が石のスレートを葺く以外で、高いところに上がることなんてそうはないからね。おまけにスレートの耐久年数は極めて大きいし、家の新築も少ないから、ますます高いところに上がる必要がない。だから、「高い所が怖くない人」って書いても、来てくれた人の半分は、実際に円形施設キクラの屋根に上ったらアワビみたいに張り付いて動けなくなっちゃうだろうと思う。

 ちなみに、これには銀貨6枚を支出する。銀貨1枚は銅貨100枚に相当するから、銅貨180枚分がギルドの取り分ってことになるね。

 また、贅沢しなければ、銅貨70枚はほぼ10日間の自炊生活が可能になる。まぁ、バイトとしたら悪くない額なんじゃないかな。



 いよいよ当日。

 10メートルもある、台形の高圧鉄塔みたいな避雷針アンテナを運ぶのに、ネコ車でも運搬車でも役者が不足しすぎるので、20人近くが電車ごっこよろしく円形施設キクラまで運んできてくれた。鉄と金だからね、重くて全員が大汗かいている。

 その後から、エモーリさんも一緒に来てくれている。

 七輪をぶら下げたスィナンさんもいる。

 王様までが視察とか言って、見に来ている。


 もうこうなると、お祭り騒ぎだよ。野次馬もたくさん詰めかけて来たし、これで農地も含めて街の面積が4倍になるっていうんだから、冷静に見守れるはずもないか……。

 いつもの食堂は、テーブルを道路に運び出して、円形施設キクラが見える位置で商売を始めている。

 チテの茶一杯で銅貨3枚とか、相当にボッているらしいけど、テーブルに空き席は見えない。

 これで円形施設キクラの屋根の上でアワビになっちゃったら、このツッコミの厳しい世界で、少なくとも一年くらいは「意気地なし」ってイジメられるだろうね。


 エモーリさんと打ち合わせをする。

 避雷針アンテナを立てて、その状態でハシゴ伝いに円形施設キクラの屋根に乗せるほうが良いか、横に寝かせてロープで一気に引き上げて、円形施設キクラの屋根の上で立てるほうが良いか、実地で再検討したんだ。

 でも、二つとも問題がある。

 立てて持ち上げれば、屋根の上に乗せる瞬間が一番不安定なのに、支持する方法がない。

 横にして持ち上げようとすると、円形施設キクラが円筒形なばかりに、やはり、屋根の上に乗る瞬間に点で支えざるを得ない。他にもいろいろな案を考えたけど、避雷針アンテナの強度に不安が残るから無難な策を採らざるを得ない。

 この難問は予想されていたので、やっぱり無理だということにして、エモーリさんとさっさと最終案に移行。


 石工さんが、たくさんの平たい石をすでに運んでくれている。

 建材によく使われている石で、大きさが規格化されていて、しかも相当に軽いらしい。

 渋谷にある、モヤイ像と同じような石みたいだ。

 ルーが言うには、うっかりすると水に浮くかも、と。

 これがあるから、この世界の家屋は屋根を葺けるんだって。重い石だったら、さすがに無理だと。


 それを1000枚近く貸してもらった。まぁ、家2軒分よりは少ない感じ。ここじゃ補修以外にそうは石材も使わないだろうけど、それでも石工さんの在庫としちゃ余裕の量だ。運ぶのも、エモーリさんが二輪運搬車を貸し出したから、そんなに苦労はしなかったんじゃないかな。


 アンテナの高い位置に長いロープを結び、円形施設キクラに接するように立てる。それから、ロープを引っ張ると、アンテナが傾き、片側の足が浮く。

 そこにすかさず平たい石を差し込む。次に、ロープを反対側に引っ張り、逆方向にアンテナを傾ける。さっきと反対側の足が浮くので、平たい石を二枚分差し込む。

 あとはこれを交互に繰り返していくだけで、アンテナは立ったまま高度を稼いでいく。

 当然、アンテナの足場を積むための人の足場も必要になるけど、もうね、人海戦術。


 祭りは最高潮って感じで、大騒ぎだよ。

 時給も何も払っていないのに、街の人達が俺にもやらせろって感じで、石を運び、積む。この大きさ、1メートル×50センチ×20センチだから、きっと100キロくらいはあるんだ。でも、みんながみんな、俺みたいに貧弱じゃないからね。2人組くらいでがんがん運ぶ。


 こんなつもりじゃなかった。

 少ない人数でも持ち上げられるようにと、いろいろ工夫していたのがみんな無駄になった。

 でも、思い通りにならないことが、こんなに嬉しいとはねぇ。


 俺の体感時間で、2時間もかからずにアンテナは円形施設キクラの軒の高さに達していた。

 その下では、足場のピラミッドができあがっていて、それを覆う人の山。

 ギルドで集めた10人も、こうなるともうハイになっているから、アワビにもならない。

 アンテナを水平移動させて、円形施設キクラの屋根の上に移す。


 もう、円形施設キクラの周囲は大騒ぎだよ。

 波のように拍手が湧いて、止むことがない。

 もう、来年から、定期的なお祭りにしちゃおうかって思うくらい。

 その時にはきっと、アンテナの模型が神輿みたいに街を練り歩くに違いない。


 ギルドで集めた6人に、ガラス屋根を踏み抜かないように注意して、徐々に定位置にアンテナをずらしていく。

 最終的な位置は、エモーリさんと2人で確認した。

 さすがだね、元のアンテナの取り付け位置にぴったりだよ。

 恐ろしいことに、エモーリさんが一本ずつその手で削り出したという、鋼鉄製ボルトが差し込まれた。

 これも、一つずつ削り出したナットが締められる。くるくると回って入っていくのが不思議だよ。

 人の手で削り出しても、ボルトは役に立つんだね。

 その上から、スィナンさんが固めのゴムをぺたぺたと分厚く塗って、ボルトの緩みどめ兼、錆止め兼、雨漏り止めをする。


 次は俺の仕事。

 アンテナ本体から、円形施設キクラの文様へ、最大に太い配線を4本繋ぐ。

 リングスリーブなんて範疇じゃないので、部品の全部が特注品。

 正直言って、二種の資格しか持っていない俺がしちゃいけないレベルの工事。でも、電気工事じゃないもんね。魔素の工事だもんね。監督省庁の人がいたら、俺、そう言い逃れるぞっと。



 正直言って、こんなに上手くいくとは思わなかった。

 現場で不都合が出るのはいつものことだからね。

 エモーリさんの技術の高さがモノを言ったよ。これでアンテナの足の位置が合わなかったら、それだけで数時間は完成が伸びていたからね。

 最後の配線を終え、劣化防止にスィナンさんが固めのゴムをぺたぺたと分厚く塗って仕上げる。


 全工程、終了。



 俺達と、ギルドで集めた6人がそろって拳を上げる。

 熱狂は最高潮に達した。

 全員でハシゴを使わず、ピラミッドみたいな足場を降りる。

 一段降りるごとに、即石材が撤去されて、石工さんのもとに運ばれていく。

 人海戦術恐るべし。

 俺たちが、全員地面に降りきる頃には、ピラミッドの高さは半分になっていた。

 その後もみるみるうちに小さくなっていく。

 石工さんは、石材のレンタル料は要らないって言ってくれてたし、でも、片付けはしないと、と思っていたから、街のみんなの力ってありがたいとしか言いようがないよ。


 石材の最後の二枚が残ったところで、その上でなんか言え、って。

 なんかもう、人前で話すのは嫌とも言えない雰囲気だから、長くならないよう話したよ。

 「みなさん、ありがとう。

 次の魔素流が来て、安全圏の境界線を引き直せたら、それからもう1回、喜び合いましょう。

 今回の全ては、私を召喚し、そのために多大な犠牲を払い続けた魔術師さんたちと、私の考えを形にしてくれたこの国の職人さん達のおかげです。

 そして、その全員を最後まで信じ、決断し、予算を執行することで形にしてくれた王様がいてくれたからこそ、今日があります。

 王様、一言よろしくお願いいたします」

 そう言って、バトンタッチして逃げる。

 だってさ、俺がこの世界で生きていけているのは、まずはルーのおかげだけど、次は王様だからね。


 で、ここで、この段の上にルーを呼ぶわけにもいかない。

 まだまだ、魔術師でもなければ普通の人でもないっていう、微妙な位置に居続けてもらわないとだからだ。

 でも、この分の何かには絶対に報いるぞ。

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