エピローグ


「それで、それで?

 曾祖父様はどうしたの?」


 ワクワクとした声で続きをせがむ娘に、その母は笑みをこぼす。温かい陽と風がとても心地よい日だった。


「祖父様はね、そのあと各国を飛び回ったの。

 過去の確執から、なかなか皇国のことを認めない国に自ら赴き、丁寧に説明を重ねていった。 

 シャリラント様の主であり皇国の皇子である祖父様が誠意をもって対応するのに、みんな徐々に心を開いていったの。

 何より、皇国にはオースラン王国と神島の後ろ盾があったから」


 そうしてようやく国と国をつなぐ役目を全うしたかと思うと、キャバランシア皇帝陛下が倒れた。ようやく嫡男が生まれた翌年のことだった。また国があれるのでは、そう危惧した重臣によって、スーベルハーニは皇帝、その代理に立つこととなった。本来、次代の皇帝となるべきではあったが、それを固辞したのだ。


「そのころだったそうよ、祖父様が祖母様とご結婚なさったのは。

 この国で初めての教会、そのシスターだったミーヤ祖母様はずっと祖父様のことを想っていらしたのですって。

 皇国と神島、ミベラ教の完全なる和解の証でもあるお二人の結婚に、国中、いえ世界中が歓喜の声を上げたのよ。

 その成婚パレードは国に収まらず、大陸中をめぐることとなって……」


「大陸中⁉

 さすが曾祖父様と曾祖母様だわ!」


「ふふ、あんなに盛大なものは今この時まで一度も行われたことはないわよ」


「それにしても精霊と一緒にいられない時があったなんて……」


「今では共に過ごすのが普通ですからね」



 楽しそうな声がかすかに聞こえてくる。もううまく音も拾えない。終わりが近いと、本能的に感じていた。でも、もう十分すぎるほど生きたと思うんだ。ミーヤに先立たれ、リキートやフェリラにも先立たれた。長命なのも神剣の主の宿命だという。


『ハール、苦しくない?』


 ああ、大丈夫。こうして外に出してくれているから、日差しが本当に心地いい。


「ハール、ありがとうございました。

 あなたが私の主であったことを誇りに思います」


 ありがとう。俺もシャリラントの主でいられたことを誇りに思う。重かったからだがふいに軽くなる。ようやく、終わるのか。そんな思いすら胸によぎった。


 母上の、兄上の願い通り、俺は生きた。精一杯生きた。もう悔いはない。


 その時、俺の手に何かが触れた。その温かさにきっと孫だと思った。次々に俺に誰かが触れていく。もう閉じていた目をわずかに開くと、たくさんの家族が俺を囲っていた。その表情は穏やかだ。


「お疲れさまでした。

 どうかミーヤ様のもとでゆっくりと眠ってください」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。


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 真っ白な空間。なんだか見覚えがある。


『お疲れ様。

 今はスーベルハーニと呼んだ方がいいのかな』

 

 男性と言われても、女性と言われても納得できる芸術品のような整った顔立ち。それになぜか妙に響く声。古い、古い記憶が刺激される。これは……。


「ミベラ神?」


『うん、正解。

 さて聞かせてもらおうかな。

 私の世界はどうだった?』


 どう……。あまりにもいろいろとあった。転生してすぐに、俺はスーベルハーニとして生まれたことを恨んだ。でも、生きて。大切な人の願いと共に、いろんな人に助けられて、生きてきた。それはもちろん楽なことばかりではなかった。苦しいことのほうが多かったかもしれない。それでも。幸福な時間は確かにあった。


 そして何より。ある日気が付いたんだ。俺はあんなにも望んでいた『特別』になれていたのだと。


「最低だったけれど……最高だったよ」


 俺の返答に何を想ったのかわからない。けれど、ミベラ神はかすかに笑った。


『あなたにそう言ってもらえる世界ならば、もう少し見守っていようかな』


 どういうことだ? と聞き返す前にミベラ神はすっと一点を示す。つられてそちらに視線を向けると、そこには懐かしい面々がいた。


「母上、兄上、ミーヤ、リキート、フェリラ……」

 

 ほかにも、今まで関わってきた人たちが数え切れぬほどそこにいた。気が付いた時には走り出していた。もう走る力なんてなかったはず。でもいつの間にか体が若返っていた。


「「スーハル」」

「「「ハール!」」」


 

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この話をもって、本編が完結となります!

途中更新がだいぶ空いてしまったにもかかわらず、長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。


この後は番外編を挟んで、1.5章を更新していきたいと思っています。

そちらもお読みいただけますと幸いです。


近日、新しい小説も投稿予定ですのでそちらもまたお楽しみいただけますと嬉しいです。

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