第22話


「中が暑いくらいだったから、風が気持ちいいね」


「そうですね」


 食後のお茶も解散になると、俺はリーンスタさんに誘われて甲板に出ていた。真っ暗な海は少し怖いくらいだけれど、たまに跳ねる魚がキラキラと光って見えてきれいだった。


「それで、何か?」


「ああ、大した用事ではないんだけれどね。

 神島に着いた後に、ハールにはわが一族の成人の儀を受けてもらいたいんだ」


「成人の儀ですか……?」


 え、何それ。この世界、基本的に成人の儀と呼ばれるものはなかったはずだ。ただ家族とか身内にお祝いされるだけ。それが貴族ともなるとパーティーとか開いてもっと盛大にはなるらしいけれど。


「成人の儀と言っても大したことはないんだ。

 ただ、精霊と契約するだけで」


「いやいや!

 だって精霊と契約できるのはミラの民だけなのでしょう?

 あれ……、でも契約するのは物心つく頃と言ってませんでした?」


「ああ、そうだね。

 幼いころのものは正式には仮契約なんだ。

 仮契約を結んで、数年間ともに過ごして本当に相性がいいかを確かめる期間になる。

 精霊は基本的に、一度正式に契約すると相手が亡くなるまでその人とか契約できないからね。

 もしも無理だと思ったら切れるようにそういった期間を設けるんだ」


 そんな期間があるのか……。あれ、でもそうなると俺はいきなり正式な契約になるわけだけどそれはいいのか? それにアナベルク皇国皇族の俺が精霊と契約なんてできるのか?それを口にするとリーンスタさんは柔らかく微笑んだ。


「大丈夫。

 君と契約を結びたくてそわそわしている精霊がいるから。

 それに、いくらアナベルク皇国皇族とはいえ君はシャリラント様の主でもある。

 だから大丈夫だ」


「俺と契約を結びたがっている精霊……」


 そんな精霊がいるのか。そう思っていると、不意に顔の近くにふわふわと浮かぶ光が近寄ってきた。これってもしかして……。


「それは、もしかして母上と契約していたという精霊ですか?」


「ああ、そうだよ。

 君が精霊と契約してくれるとこちらとしても助かる。

 双方向いつでも連絡が取れるからね」


 精霊を通していつでも連絡が取れる? 精霊、なんて便利なんだ! ってそういうこと言っちゃダメか。それにしても精霊が皇国で生きていけるのか? 母上の時は一緒にいられなかったって言っていたのに。まあ、俺がいたら大丈夫、ってことなのだろう。


「……ハールが今回神島にきて、きっと何かが大きく変わるのだろう。

 もしかしたら皇国にも他の国同様、神の御力がいきわたるようになるかもしれない。

 そうしたら、きっと精霊も自由に飛び回れる日がやってくるはずだ」


 俺が神島に行って……。本当にそんなに大きな変化が訪れるのだろうか。それは今はまだわからない。俺はシャリラントの頼みもあって始まりのダンジョンに行くために神島に行く。それ以外のことは正直どうなることか。まあ、どうにかなるだろう。の状態。


 でも、自分の周りを飛び回る精霊の光とたわむれながら静かな目をしていたリーンスタさんにそんなことは言えなかった。


「リーンスタさんは……、そうなってほしいんですか?

 精霊が自由に飛び回れるように」


「もちろん。

 精霊は本来自由な生き方なはずなんだ。

 本来の生き方に戻してあげたい」


 本来の生き方。そういえば精霊がどういう存在なのか、実はよくわかっていない。魔法を使う際にその手助けをしてくれるってことと、過去にこの大陸から姿を消し、特にアナベルク皇国には力を貸すこともないこと。それくらいだ。精霊が本当はどのような姿をしているのかも、どういう存在なのかも知らない。

 それにどうして精霊と契約できるのがミラの民だけなのかも。


「どうして精霊はミラの民とのみ契約できるのですか?」


「ほかのものはそもそも契約の方法を知らないし、その資格を持ち合わせていないんだ。 

 資格は、リンカ様の縁者であるミラの民のみ持っているから」


「リンカ様の、縁者……?

 その聖女様は結婚なさっていたのですか?」


「いや、リンカ様自身にお子はいなかった。

 我らはリンカ様の妹君の子孫なんだ」


 そう、だったんだ。ミベラ神と特に親和性が高いと言われていたリンカ様。その妹や子孫ならばそういった特別な体質でも不思議ではないのかもしれない。いや、でもそれならアナベルク皇国のせいで暴走が起きた時の話にその妹の話も出てきてもよかったのでは? うーん、わからないことだらけだ。とにかく。


「あの、時間があるときでいいのですが、俺にもっと精霊のことを教えてくれませんか?」


 俺の言葉にリーンスタさんは驚いた顔をする。あれ、変なことは言っていないよな。そう思っているとリーンスタさんはにこりと笑った。


「大丈夫、精霊のことは契約した後にこの子が教えてくれるよ。

 ミラの民は大人に聞くのではなく、そうやって精霊のことを知っていく。

 この子が教えないことは知らなくて問題のないことだ」


「そうなの、ですね」


 まさかの精霊本人から教えていただけるらしい。え、てことは会話できるのか? ひとまず契約した後のことを楽しみにしていよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る