第20話
「え……、乗り込むのあれですか?」
船着き場に着くとそこには多くの船が泊まっていた。何気にハールとしては初めての海。それだけで心が躍った。なんだけどさ……。馬車から降りるとすぐに自分たちが乗るであろう船が分かった。なぜか。
馬車からその船まで船員と思われる人たちで道ができていたからだ。しかもその目はキラキラしているような気がする。その光景もなかなか受け入れがたいものだけれど、それよりも自然に船に目が行ってしまった。その船は明らかに他とは違うのである。
「そうだよ。
普段は神島のほうに泊まっているんだけれど、こちらまで運んでくれたみたい」
乗り込むのは船員と俺たちだけだと聞いていたから、小さめの船が用意されるのだと思っていた。だが、ほかに引けを取らないほどの大きさ、そして何よりも白い船体は陽をうけてキラキラと輝いていたのだ。美しい船体である。
「これは神島の主要な人物のみが乗るのを許される神聖な白い船だ。
希少な木材や保護剤を使っていてね、世界に一つしかないんだよ」
「そ、そうなんですね……。
本当に俺が乗っていいのか」
ほほをひきつらせながら言うと、すぐにうなずかれてしまった。で、できたら一般人と同じ船で行きたいなー、と思ってたんだけど、どうやら無理らしいですね。あきらめて馬車から降りて道を進んでいく。いやいや、体格いい人が多い船員さんがこんなびっしり並んで敬礼は圧がすごいから。早く通り過ぎたいのに、先頭を歩くティアナ様がゆっくりと歩くから無理。
「スーベルハーニはこういうの慣れてないの?
だって皇国の皇子でしょー?」
「慣れていないですよ……。
皇子らしいこと全然ありませんもん。
しかも、皇子でもこういうのはそうそうないのでは?」
「そういうもん?」
「おそらく」
詳しくは知らないが。そしておそらく今後も知ることはないと思うけど。そんな軽口もたたきながら目で見たよりもずいぶんと長く感じた道が終わった。乗り込んだ船は本当に船なのか疑う内装だった。
まるで高級ホテルをそのまま持ってきたみたいだ。エントランスからふかふかの絨毯が敷かれている。そのまま一人ずつにメイドが付き、個室へと案内してくれる。
「こちらがスーベルハーニ様のお部屋になります」
「あ、ありがとうございます……」
いやいや、広さがおかしいのだが。おそらくここで訪ねてきたものの応対などもできるのだろう。ま、まあ数日間は船の中。快適に過ごせると割り切ることにしよう、うん。
「夕飯は皆さまで召し上がると聞いております。
準備が整いましたらお呼びいたします。
御用がありましたらいつでもお呼びください。
まもなく港を出る予定です」
「ありがとうございます」
ようやく一人きりになれてため息をついてしまった。窓に目を向けると輝く海が見える。陽斗の時、確か一時期海の近くに住んでいた気がする。どこの世界でも海は変わらないと思っていたけれど、どうやら違うらしい。こちらの海のほうがきれいだ。あの時の海は、もっとどんよりとして……いい記憶がない。でも今思い返せばあの頃の景色は全部そんなものだったかもしれない。なら、今こんなに景色が輝いて見えるのはきっと。
「どうしました?
そんなにじっと見て」
「いや、この世界で初めて海を見たなと思って」
「おや、そうでしたか。
ああ、動き出しましたね」
ゆっくりと船が進んでいく。歓声も聞こえてくる気がする。あれだけ多くの人が港に集まっていたのだ。もしあの人たちが歓声を上げているのならここまで聞こえても不思議ではない。
「なんだか疲れたから夕飯までちょっと寝るね」
「大丈夫ですか?
私が回復してもいいのですが……、休める時間があるのならばゆっくり休むべきですね。
誰かが来たら私が起こしましょう。
何も気にせずおやすみなさい」
慣れない馬車旅に接待、それらを人目がある中でこなしてきたのだ。しかも夜もあまり安眠できてないから、なかなか疲れが取れない。ここなら人目は最小限だし、なんとか神島に着く前に回復したらいいんだけれど。
ベッドにもぐりこみ目を閉じるとすぐに眠ってしまった。
「ハール、夕飯の支度が整ったそうだよ」
ゆさゆさと軽く体がゆすられる感覚にゆっくりと意識が浮かび上がる。うーん、久しぶりにしっかりと寝れたみたい。
「ハール?」
あれ、この声シャリラントじゃない……? というか、リーンスタさん?
また落ちていきそうになるのに必死に抗って目を開ける。すると予想通りリーンスタさんが目の前にいた。
「どうしてここに……?」
「勝手に入ってごめんね。
シャリラント様が入れてくれたんだ」
「それはいいのですが……。
すみません、わざわざ起こしてもらったみたいで」
「いや、疲れていたんだろう。
さあみんな待っている」
そうだ、待たせていたんだった。急がないと。
「ハール、この船の中は比較的安全なようですし、私は少し離れますね」
「え、ああ、分かった」
気が付くとそばに来ていたシャリラントはシールディリアと共にどこかへ行ってしまった。何かあったのだろうか?
「そんなに心配そうにしなくても大丈夫だよ。
せっかく神使がそろっているのにいまだ全員で話す機会を得れていなかったようだから、なにか積もる話でもあるのでしょう」
「積もる話、ですか」
ちょっと気になる。神使って何の話をするんだろう。そんなことを考えながらも一度リーンスタさんに外に出てもらって、さっと身支度を整えて着替える。さすがに寝た格好で行くわけにはいかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます