第12話


 部屋に戻るとようやく一息つける。今日中にやらなくてはいけないことはまだまだあるが、ひとまず今は一休みしたい。


 誰もいない部屋でどさりと椅子に座りこむ。すると、するりとシャリラントが姿を現した。きょろきょろと周りを確認すると、シャリラントは無言のまま俺の向かいの席に座った。


「ハール、今回のダンジョンを攻略したらお願いしたいことがあるんです」


「シャリラントが俺に?

 もちろん、俺にできるころならやるよ。

 シャリラントには世話になりっぱなしだし」


「はは、内容を聞く前にそんなことを言っていいのですか?」


「あー、うん、まあシャリラントなら大丈夫だよ。

 信じてる」


「あなたって人は、本当に……。

 今は詳細を説明することはできませんが、ぜひ引き受けていただけると嬉しいです。

 あの方を救うことは、私の、悲願でもありますから……」


 あの方? と思わず聞き返すもシャリラントはあいまいに笑うだけで返事をしてくれなかった。



 今、俺たちはリヒトの執務室にいる。この後、騎士団の演習場に向かう予定なのだ。あの後、本当にすぐに話を通してくれたようで、次の日には顔合わせの場が整ったのだ。さ、さすがすぎる……。ただ、その前にイシューさんと話がしたいと言ったため、こうして執務室に寄ることになったのだ。


「まずは、皇国までお越しいただきありがとうございます、イシュー殿」


「いいや。 

 面白そうな話があったからな。

 特に俺の相棒が乗り気だったし。

 ま、なかなかない強敵らしいし、楽しみにしているよ」


「この国では明らかにダンジョン攻略の勢力が不足していますから、そう言ってきていただけると心強いばかりです。

 それで、報酬についてなのですが……」


 言いづらそうなリヒトにイシューさんは驚いたように眉を軽く上げた。どうやら報酬についての話があるとは思っていなかったようだ。


「こちらからお呼びしておいて大変失礼なのですが、正直現在の皇国にあなたほどの冒険者に正当な報酬を支払えるだけの余裕はありません。

 そこで、ダンジョンで得たすべての利益をあなたの権利だと認めます。

 それではだめでしょうか……?」


 自信なさげにリヒトが言う。その言葉にイシューさんはすぐにうなずいてくれた。


「ああ、それで大丈夫だ」


「ありがとう、ございます!」


 頭を下げたリヒトにイシューさんはどこか気まずげに笑う。もともと、報酬については考えていなかったから、と。なんというか、イシューさんがイシューさんでよかったよ……。思っていたよりもすんなりとイシューさんが提案を受け入れてくれたことで、俺たちは早々に騎士団へと向かうことになった。


 事前に通達していたからか、騎士団の演習場にはすでに全員がそろっているようだった。


「イシューさん、ここにいるのがこの皇国でダンジョン攻略にあたっている第12騎士団の方たちです」


「……これで全員か?」


「そうなんです」


 言いたいことはわかっている。あまりにも少ない。


「もともと皇国はあまりダンジョンの出現率が高くない上に、その攻略はすべて国で行っていましたから……」


「なるほどなぁ」


 イシューさんと二人、こそこそと話し合っていると、こちらにレッツが近づいてきた。


「あの、リヒベルティア様のおっしゃるとおり人を集めておきましたが……」


 誰だ、と伺うようにイシューさんの方を見るレッツ。これはもう俺から説明してしまった方が早そうだ。


「こちらはイシューさん。

 SSランク冒険者であり、戦いの神剣の主でもある」


「神剣、の……。

 しかも、SSランク冒険者の方だったとは。

 存じ上げず申し訳ありません」


「まあ、そんな大したもんじゃないさ。

 気にしないでくれ」


 冒険者がいないこの国においても、さすがにレッツはランクについて知っていたらしい。より詳細な説明が必要かと思っていたから、手間が省けた。ひとまず、レッツに誰が強いのかを聞いたり、過去高ランクダンジョンにおいても動けたものを聞いたりしていく。この中にはまだダンジョンに入ったことがない新人もいるらしく、その人たちはイシューさんが手合わせをしてみることになった。


 手合わせを始めたイシューさんと隊員を見ながら、レッツは隣にいる俺に話しかけてきた。リヒトは一通りの話を聞き終えると、手合わせが始まるタイミングで執務室へともどってしまった。

 

「ねえ、スー皇子。

 今までにないランクのダンジョンが出現するって本当なの?」


「うん、高確率で出現する。

 それも近いうちに」


「そっか……。

 ずっと皇国はダンジョンにランク付けをしていなかったから、さっきの高ランクでも動ける人って結構あいまいな判断基準なんだよね。

 入った瞬間肌がぴりぴりするようなダンジョンはあったけれど、それが一般的にどのくらいのランクなのかわからなくて」


「なるほど……。

 一時期、リキートとフェリラがここにいたときも実際にダンジョン攻略には行ったの?」


「一度だけ。

 でも、あれは恐らくそこまで高ランクではなかったから」


それでは判断が難しいだろう。それに俺たちもダンジョン攻略はあまりしたことがない。さすがにそれでランクを判断するのは難しいだろう。あとはもう、イシューさんの感覚に頼るしかなかった。



 時間をかけて手合わせを終えると、イシューさんは隊員の中から数名を選出した。その中には最後に手合わせをしたレッツも入っている。そう、たった数人。下位層は先生がたと一緒だったとはいえ、Aランクダンジョンをほぼ一人で攻略したイシューさんならば大丈夫かもしれないが……。


「リキートたちはハールと共に行くだろう?」


「ええ、そうしたいと思っています。

 ただ、俺たちは一度Aランクに入った程度なので、どれほど通用するか……」


「何言ってるんだ。

 少なくともハールには神剣がある。

 そうそう遅れはとらないさ」


 そういう、ものなのだろうか。うなずいたところで、ふとほかにも呼んでいた人たちがいたことを思いだした。本当に来てくれるかは賭けだが、一応伝えておいた方がいいだろう。


「あの、もしかしたらほかにも応援が来るかもしれません」


「応援が?

 一体どこから?」


「神島にいるほかの神剣にもファイガーラ同様に連絡を取ってもらったんです。

 本当に来てくれるかは怪しいのですが……」


「他の、神剣に……。 

 それはなかなか厳しいな。

 俺が知る限り、神島にいる人たちはあまりこちらには出てこない。

 こっちの神殿や孤児院を回っている人はいるみたいだがな」


 やっぱり厳しいよな。俺も長くオースラン王国にいたが、神島から来た人を見たのは司祭だと名乗っていた人一度きり。そう言えばミーヤは元気だろうか。確かその司祭と一緒に神島に向かったはず。


「さて、ひとまず戻るか。

 後は実際にその日が来るまであいつらに稽古をつけるのがいいだろう」


「そこまでしていただき、ありがとうございます」


「まあ、乗り掛かった舟だ。

 最後まで付き合うよ」


 そう言って、イシューさんは頼もしく笑ってくれた。


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