第39話

「そうだ、スー皇子。

 皇子に見てもらいたい部屋があるんだ」


 ふいにレッツがそう声をかける。見てもらいたい部屋……?


「ここ。

 隊長の部屋。

 スー皇子の部屋も元のままにしているよ」


 たまに清掃に入っているけれど、と付け加えながら案内された先は確かに兄上の部屋で。そこはまるで時が止まったかのようだった。柔らかな日が差し込む机の上には、兄上の肖像画が飾られている。そして。


「これ……」


「隊長が、使っていた剣だよ。

 スー皇子がよければ持って行ってよ」


 まるでそこにいるのが当たり前のように剣が立てかけられている。これは確かに兄上が使っていたもので。そっと持ち上げて剣を抜くと、長年放置されていたとは思えない輝きを放っていた。おそらくこれもずっと手入れしてくれていたのだろう。


「兄上……」


 兄上の、形見。でも、俺はもう形見ともいえるシャリラントを持っている。だから。


「これはレッツの好きにしてよ。

 俺はもう、兄上から剣を受け取っているから」


「そうですか」


 そう返すレッツは嬉しそうにほほ笑んでいた。


「スー皇子、もうお二人のお墓には行った?」


 その言葉にどきりとする。そう、まだ行けていないのだ。どこにあるのか聞くタイミングを失ったのもあるが、なんとなく勇気が出なくて……。首を横に振ると、行ってあげて、とレッツは続ける。


「きっと、ずっと待っていただろうから」


 待って、いるだろうか。でも、2人に向き合いたくて帰ってきたのだから、ちゃんと向き合いたい。その気持ちは確かにあって。レッツに教えられるままに俺は2人のお墓へと足を向けた。


 それは騎士団からそう遠くない場所にあった。少し小高い丘になっていて、皇宮の裏側に位置するようだ。その丘の中心に二つの墓石が並んでいた。周りには可憐な花が咲き誇っていて、よく手入れされていることがわかる。


 2人は、皇族が通常入る塚ではなく、こうして別に墓に入っていた。それは例の皇后が嫌がったからだと言うが、そのおかげでこの空の下で眠らせることができたんだ、とレッツは話していた。


 ここに来る前に分けてもらった2束の花をそれぞれの墓に備える。それはもしかしたらお墓参りにはふさわしくない華やかさかもしれないが、花が好きだった母上に備えるにはぴったりだと思ったのだ。


「兄上、母上……」


 名前を読んでみても、返ってくる言葉はない。それでも、今までの想いをすべて吐き出すかのように俺はひたすらに言葉を紡いだ。


「2人は戦わないことを選んだのに、なのに俺はこの力で叩きのめすことを選んだ。 

 おかしいな、2人に向き合いたくて、逃げたくなくて選んだ道のはずなのに。

 こんな汚れた手でこうして会いに来てよかったのか、今も正直迷っているよ」


 ああ、情けない。やると決めたらもう迷わないと思ったのに。今なおこうして迷っている。こんな俺が生き残って、本当によかったの? 一度泣いてしまったからか涙腺がおかしくなっている。俺は情けない涙をこぼしていた。


 そのとき、ふわりと風が舞い上がる。思い違いかもしれない。けれど、妙に暖かさを含んだ風が俺の頭を、頬を撫でてくれるようにかすめる。……それはまるでいいんだと、間違ってはいなかったと励ましてくれているようで。


 ああ、俺は本当に何をしにここまで来たのか。こんな風に赦しを得たかったわけではなくて、情けない心の内を暴露するためでもなくて。


 常に身に着けている懐中時計を取り出す。その内側に収まっている肖像画は以前見たときよりもなんだか柔らかい表情をしているように見える。


「……本当にこれでよかったのか、今でもわからないし、2人にはやっぱり生きていてほしかった。

 たとえそれが共倒れになろうとも一緒に生きて、ほしかったよ……。

 でも、それでも。

 2人が俺に広い世界を見る機会をくれた。

 かけがえのない友人に出会える機会をくれた。

 本当に感謝しているよ。

 ……ありがとう。

 これからも2人に繋げてもらったこの命で、必死に生きていくから。

 ……これから先は、俺が幸せになる、そのために。

 だから、見守っていて」


 今の俺にできる精一杯の笑顔で。もう2人のために命だけは繋ぐとか、そんなことは考えないよ。ちゃんと俺の意思で、歩いていくから。俺自身の幸せのために。それでもやっぱり不安になることはあって。だから見守っていてくれたら嬉しいけれど。でも、この決意だけは、どうしても直接言いたかった。


「また、来るね」


 そう言って、俺は丘を後にした。


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これで、4章が完結になります!

更新が長い間開くこととなってしまい、大変申し訳ございませんでした。

それでも、ここまで読んでくださった皆様に感謝しています!

この物語自体はまだ続いていく予定ですので、引き続きお読みいただけますと幸いです。

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