第15話


 今日は休息日。休めるうちに一度しっかりと疲労を回復しておこう、ということになったのだ。本当は市場の様子を見てみたいけれど、さすがにそれは禁止されてしまった。サーグリア商会で聞いた分には、民はすでにだいぶ疲弊しているとのことだったけれど……。


 さて、屋敷の中なら自由に動いていいとのこと。なら、久しぶりに思い切り体を動かしたい。今までは目立つことなく、なおかつ迅速に移動しなくてはいけないから、馬車でおとなしくしているしかやることがなかったのだ。


「リキート、時間があるなら手合わせしないか?」


「お、いいね。

 やろう」


 うん、リキートなら乗ってくれると思いました。こういう時、刃をつぶした剣でやるといいのかもしれないが、俺たちはいつも愛用の剣を使ってしまう。慣れていないものを使うよりも相手に怪我を負わせずに済むという判断だ。


「ここなら手合わせに使ってもいいってさ」


 執事さんに案内されたのは庭の中でも開けた場所。ここなら思い切り剣をふるっても花を傷つけることはなさそうだ。どうしてこういった場所が用意されているのかは不思議だけれど、助かった。


ちなみにリキートに声をかけに行ったときに、たまたま遭遇したフェリラも同席している。なんでも部屋で一人でいるのは暇なんだそう。ここにいるのもなかなか暇な気がするけれど……。ま、いいか。


「そうだ、フェリラのことをチェシャって呼ぶ練習しないと」


「ああ、確かに。

 フェリラって呼び慣れているから、ふとした時に間違えそう。

 ……そういえば、どうしてその名前なんだ?」


 俺はあんまり呼ぶことないだろうけど、そう思いつつ聞いてみる。すると、フェリラはピタリと動きを止めてこちらを見た。え、俺なんか変なこと言った?


「そっか、覚えてないよな……。

 ううん、何となくだよ」


 最初の言葉がなんといったのかは聞こえなかった。でも、フェリラはにこりと笑って、何となくと言い切った。それなのに、追及する気にはなれなくて。結局フェリラから理由を聞くことはなかった。


「じゃあ、やろうか」


 ぐっと構えたリキートを見て俺も剣を構える。お互いの出方を伺う、この一瞬。本当に静かで、時が止まったように感じる。リキートと手合わせをするとき、この瞬間が一番好きだ。


 ざっ! 音が鳴る。ああ、楽しいな。



「お疲れ様。

 ほら、飲み物もらってきた」


 ごくごくとフェリラからもらった水を飲む。うん、よく冷えていておいしい。ほてった体にはかなりありがたい。


「ありがとう」


「途中でいなくなったと思ったら、飲み物取ってきてくれてたんだな。

 ありがとう」


「ううん。

 相変わらずわけわかんないな、二人の打ち合い」


 あはは、と苦笑いするフェリラ。まあ、ただの打ち合いで真剣使ってここまでやるのはそんなないよな。しかも、実際にやりあう相手は基本的に人じゃないし。


「でも久しぶりに思い切り動けて楽しかった。

 誘ってくれてありがとう、ハール」


「こちらこそ。

 いい運動だったよ」


「あたしもできたらいいのに……。

 さすがに弓ではな」


「まあ、弓は打ち合いできないよね。

 フェ、ちぇ、チェシャ、は魔法も光だから、攻撃系ではないし」


 むう、と口をとがらせるフェリラ。まあ、これでフェリラも打ち合いするようになってもリキートのようにはできないから、実はこのままの方がありがたい。それを口にだすとまた機嫌が悪くなるの知っているからもちろん口はつぐみます。


「な、おやつ用意してくれてるって。

 これを取りに行ったときに教えてくれてたんだ」


 行こ、と俺たちの手を引いていく。け、結構力強いな。それにしても。


「待てって。

 自分でちゃんと歩くから!

 何をそんなに急いでいるんだよ」


「え、急いでたか?

 ……なんか、楽しくて。

 こんな感じに話せるの久々で嬉しくてさ」


 こんな感じ。フェリラの言葉にリキートと顔を見合わせる。そっか、そういえばここに来るまでの旅路では、ここに近づくほど空気が重くなって最後らへんは気軽にしゃべることなかったかも。あまり意識してなかったけど、確かに。


「待ってるだろ、行こ」


 フェリラがばっと離した手を、そのままフェリラの頭に持っていく。そして無遠慮にがしがしと頭をなでると食堂へと先に向かうことにした。ま、あとはリキートがなんとかしてくれるでしょう。


 前を歩きながら、ばれないように後ろを見る。案の定俺が乱した髪をハールが直してくれていた。やっぱり。そしてすぐに俺に追いついてきた。


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