第7話
「なあ、やっとあの宿から抜け出せるんだ!
また服を見に行かないか?
王都の店舗でも、いつでも見に来ていいって言ってくれたし」
気持ちのいい昼下がり、無事に養成校への入学も決まり、宿は今日から移れることになっていた。荷物もほとんどない俺たちの引っ越し準備はもちろんすぐに終わる。あの宿に未練もないし、すぐに移ってしまおう、という話になったのだ。
そんな中でのフェリラの突然の発言。俺はもちろん嫌そうな顔をしたが、リキートはむしろ笑顔でそうだね、と言ってきた。そんなに服が欲しかったのか?
「ねえ、ハール。
今どれくらい持っている?」
「え?
あー、銀貨が27枚、銅貨が56枚」
今日は払うつもりで買いに行くのか、と思って答えると、じゃあいいか、という。何がいいんだ? 正直説明してほしかったが、そのまま出かけることになってしまった。一度学園のとてもきれいな寮により、いざ商店街へ! 今まで生きていくことに必死だったし、そういえば王都をまともに見るのは初めてかもしれない。
「あ、ここじゃないか?
ほらクギリア服飾店」
「うん、そうみたい」
カランカラン、と軽やかな音が店に響く。中は結構広々としていて、こういうものがありますよ、といった見本として服が数点置いている。
「いらっしゃいませ。
本日はどなたの服をご希望でしょう?」
「あ、あの!
あたしたち、おば、大奥様の紹介できたんだ」
あ、そういえば名前知らない。でも、フェリラの大奥様という言葉で十分通じたようだ。少し考えこんだ後に、ああ! と納得した顔をする。本当に俺たちの話を通していたみたい。
「ようこそいらっしゃいました!
どうぞ、奥の方へ。
カタログを見ながらお選びになってください」
「いや、ひとまずここを見ていてもいいですか?」
今にも店員についていきそうなフェリラを抑え、そういうリキート。確かにここにも商品は出ているが……。店員さんは、一度ぽかんとした顔をしたが、すぐに立て直し深く頭を下げて戻っていった。
「ねえ、なんでここで見るのよ」
「うーん、ちょっと待って」
「何か気になることが?」
「うん」
なんでリキートはそんなに女もののドレスをじっくりと見ているんだ? ほら、フェリラがドン引きしている。だが、周りのそんな視線に構わず、リキートはほかの品も、もちろん男性商品を含め、じっくりと観察する。そして、それがある程度終わると、どこかすっきりとした顔をしていた。
「あの、リキート。
一体何が?」
「うん、それはちょっと待って。
すみません、奥に行っても?」
「か、かしこまりました」
今度は急に奥に行きたい? 本当に何を考えているんだ。疑問が尽きないながらも、ひとまず中へと入る。ようやく服が選べると思ったのか、フェリラは上機嫌で店員の後をついていった。
「こちらがカタログに……」
「ああ、いりません」
「へ!?
服を見にきたんじゃないのかよ」
「フェリラ、ひとまず聞いていて」
あっさりとカタログを断ったリキート。フェリラのことを抑えつつ、とある服を注文した。先ほど店頭にもあったものだ。それを見て何かを確かめると購入する。銀貨30枚ほどの買い物だ。
それで終わりか、と思っていたら、リキートはさらにジャラジャラとした音がする、恐らくお金が入った袋を机の上に置いた。不審な顔をしながらも、店員がそれを確かめる。
「こちらに、以前本屋敷にて僕たちが頂いた服の正当な代金が入っています。
どうぞお納めください」
「……は?
こんなんでたりるわけがないのですが……」
「ああ、やっぱり。
返金不要、とは言わないんですね」
一体、何が起きている? リキートはちゃんとわかっていて話を進めているらしいが……。フェリラもぽかんとしている。今わかるのは一つだけ。あの屋敷でサンプルだから、お金はいらない、そういっていた言葉が嘘だったということだ。
あーあーあ。しかも、リキートと店員の口論が盛り上がっていく中、なんかものすごい強面の兄ちゃんたちがぞろぞろと入ってた。これ、どうなるの?
「こちらの衣類に使われているのは、ヒペチャ絹ですよね?
店頭に置かれていた服に使われているベナチャ絹と、一見よく似ているが使っていくと違うのがわかる。
そしてヒペチャ絹で作られたこの服、本来銀貨30枚ほど高いわけがありません。
それと、こちらが頂いた服は裁縫がだいぶ荒い。
ならば価値はもっと下がる」
「は!
我々が相手しているのは上流階級の方々だ。
そんなことした直ぐにバレるに決まっている!
物の価値もわからぬやつが勝手を言うな!」
先ほどまで丁寧に対応していた店員。それが一度舌打ちした後は、がらりと変わった。だいぶ激高しているな。そして、それに冷静に対応していくリキート。
「も、もういい!
おい、やっちまえ」
あー、なるほど。こういうときのための強面ね。自分たちがいけない商売しているって自覚はあったのか。まあ、この人たち、キリクさんに比べたら、体格いいだけの見かけだおしだけど。てか、やっちまえって?
「は、ハール!
ぼーっとしてないで逃げて」
「へ?」
「そこまでだ!」
今度は一体何事! ものすごい怒鳴り声とともに、鎧を着た何人もの人がぞろぞろと入ってきた! しかも、国章を鎧に刻んでいる?
って、先頭にいるあの人ってもしかして……。
「グルバーク、さん?」
突然始まった、強面の人VS鎧の人の戦い。何が何だかよくわからない。それは二人も同じようだ。でも、それ以上に俺が混乱している理由は目の前の人物にあった。
「うーーん?
なんで俺の名前を……。
……って、もしかしてハール?
おまえ、ハールか!?」
「あ、はい。
お久しぶりです」
「ひ、久しぶりって、そんなもんじゃねぇよ!
ど、どこで、何してんのかって、みんな心配してたんだぞ!」
「すみません」
あああ、申し訳ないと思っている。思っているから、頭そんなにガシガシしないで……。目が回りそう。
「グルバーク!
遊んでいないで手伝え」
「わかったよ。
な、あとで俺たちの店来てくれよ。
皆会いたがってる」
い、行ってしまった。これはそれにしても、サーグリアのみんな。相当懐かしい。いいかな、もう、会いに行っても。
「ねえ、ハール?
あの人誰?」
「あ、ああ。
グルバークさんといって、俺が孤児院に入る前、すごくよくしてくれた人だよ。
グルバークさんが、というよりもサーグリア商団のみんなが、という感じだったけれど」
もう、とても懐かしい。逃げて、逃げて。その先のアズサ王国で出会った商団。それがサーグリア商団だった。オースラン王国に根差した商団、いや商会にするって言っていたがまさかここでであるとは……。本当に何があるかわからない。
「サーグリア商会……!?」
え!? なんでそんな驚いた顔をしているんだ? フェリラの方を見るも、急に始まった捕物にいまだについていけていないらしく、ぽかんとしている。
「サーグリア商会ってかなり有名なところじゃないか」
「そうなの?」
俺がいたころは家族経営に近い形で、それに何人かが手伝っていた感じだったが。高くない値段で質がいいのを作る、と評判ではあったが、一移動商店だったはず。いつの間にそんなに有名になっていたんだ。
「ハール!
それと、えーっと」
「あ、今一応パーティ組んでいるリキートとフェリラ」
「ああ。
二人も、少し話を聞いていいかな?」
「は、はい!」
って、なんでリキートがそんないい返事してるんだよ。
話によると、クギリア服飾店は以前からああいったことをしていたらしい。親切そうに服を上げておきながら、不当に金を巻き上げる。上質な絹を使っていると嘘をついて服を販売する等々。ただ、明確な証拠が出ておらず、今日やっと逮捕に踏み切れたらしい。
「そういえば、どうしてリキートは気づいたんだ?」
まるで不当な巻き上げを事前に知っていたかのような行動。俺は全く気が付かなかったが、リキートは気が付いていたということだ。
「んー……。
親切すぎる、と思っていたけど、それ以上にあそこの若奥様のことが気になってさ」
若奥様……、ああ、あの俺たちを相当見下した発言してた人。そこまで言われても、なんで気が付いたかわからない。フェリラと二人して首をひねっていると、リキートが苦笑いした。
「まあ、相当鬼気迫っていたし、気が付かなくても仕方ないか。
でもそれが逆に気になって。
目も別に怒っている人の目ではなかったし。
なんだか気づいて、って言われているみたいだった」
で、警戒しといたの、というリキート。全く気が付かなかった。というか、気にしていなかった。絹の質もおかしいと思った理由、と言っていたが、質って!? さ、さすが元貴族……。
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