第15話


「……ん?」


 なんか、今こえがした……?


「スーハル、スーハル。

 起きてくれ」


「あに、うえ!?」


 なんで兄上がここに? もしかしてすごく寝過ごしたとか!? 慌てて飛び起きて辺りを見回すと、まだカーテンの隙間から日の光が漏れている様子はない。よかった、寝過ごしたわけではなさそう。え、でもならなんで兄上がここに? わざわざ起こしに来た意味がよくわからない。


「よかった、起きたみたいだね。

 これを飲むといい」


「あ、ありがとう」


 いまだ混乱した頭で兄上が差し出してくれたカップを手に取る。よく冷やされた水だ。おかげで少し目が覚めたけれど。それで、一体なぜ兄上がここに? 首をかしげていると、兄上は微笑んで一度僕の頭をなでる。いや、本当に一体何事?


「スーハル、これを君に」


「兄上?」


 手に握らされた、ずっしりとした何か。袋に入った細長い何かだった。この袋にも重みにも覚えがある。前に見せてもらった、たしか神剣。


「どうして、これを僕に?

 これは兄上のものでしょう?」


「これはもともとスーハルの剣だよ。

 君にしか扱えない。

 本当はもっと先まで預かっていようと思っていたのだけれど、今返すよ。

 スーハルがこの重さのものを持つのも大変だろうが、どうかいつまでも大切に持っていてくれ。

 これはスーハルにとって、これ以上ないくらい強い味方になってくれるはずだ」


 僕の剣? ど、どういうこと? それに、なにもかもがいつもの兄上らしくない行動。それに嫌な予感しかしなくて。嫌だ、ととっさにそれを兄上に押し付けた。けれどそれを受け取ってはもらえない。


「どうして……」


「ごめんね、スーハル。 

 本当に……。

 ねえ、スーハル。

 以前も言ったと思うけれど、君は俺たちにとって救いだった。

 だからこの命をスーハルのために使うことにためらいはないよ、俺も、母上も」


「いやだ、兄上。

 そんなこと言わないで。 

 僕のためというなら、一緒に生きてよ」


 どうして、どうして消えてしまうみたいな言い方をするの? 兄上は強くてかっこよくて、僕の憧れなのに。なのに、どうして! どうして、あの時の母上みたいにほほ笑むの!


 もう意味が分からないよ。いつも通り夜に寝て、そしていつ通り朝に起きるはずだったのに。


「泣かないで、スーハル。

 お願いだ、これを託させてくれ。

 お願いだ、生きてくれ、この先を。

 傷ついても、一人になっても、それでも生きてくれ……。

 そして幸せになって、未来へ繋いでくれ。

 それだけが、俺の、俺と母上の願いだよ」


「いやだよ、兄上。

 そんなの、僕……」


 どうして、一人でもなんていうの。みんなと一緒がいいのに。一人ででも生きたいなんて、一度も望んでいないのに。泣きたくなんてないのに。今目の前にいる兄上をしっかり見て、そして怒りたいのに。なのに、目の前がかすむ。こんな情けない姿見せたくないのに。


「もう、ここにいてはどうなるかわからない。

 外に逃げるんだ。

 本当にすまない、守ると言ったのに」


 ぎゅうっと抱きしめた兄上の力がいつもよりもずっと強くて。それが兄上の想いを、ぬくもりを強く伝えてくる。わかりたくなんかない。兄上の言っていることなんか。聞きたくない。でも、ここで耳をふさいだら一生後悔する、そんな予感もしていた。なんとか涙を我慢して兄上の顔を見る。すると、なぜか兄上も泣きそうな、悔しそうな、そんな顔をしていた。


「さあ、ここから逃げなくては」


 僕が兄上に返すのをあきらめてしっかりと剣を手に取ったのを見ると、ぐいっと手を引く。どうして、こんなにも時間が残されていないのだろう。どうして……。


「スーハル、最低限のものを持つんだ。

 君が走って逃げられるだけのものを。

 それと、これを。

 これでしばらくしのぐんだ。

 後は、この服に着替えて」


 渡された革袋はずしっと重い。そして振るとがちゃがちゃとした音がした。きっと、お金だ。そして兄上が渡してきた服は、少なくともこちらに移ってきてからは着たことがないようなごわごわとしたもの。それに顔を隠せるようなフードが付いたローブ。


ああ、僕は本当に、ここから逃げるのか。


「着替えたらこっちにおいで。

 帯を付けてあげよう」


 急いで着替えて兄上に帯を付けてもらう。そこに袋からは取り出した石の剣をさし、お金が入った革袋もつける。そしてローブの内ポケットには母上の形見、懐中時計を入れた。僕の大切なものなんてそれくらいだ。あの離宮を出てからいろいろとあったけれど、自分の大切なものは全然変わらない。これに神剣が追加されたくらいか。


 本当に行かなくてはいけないのだろうか。外も、そして宿舎内も昼間の様子が嘘みたいにとても静かで、とても何かが起こっている、または起こるだろうとはとても思えない。本当にいつも通りなんだ。ただ兄上だけが違う。


 でも、それが今から何かが起こってしまう何よりの証拠だった。ここの人たちを一切巻き込みたくない、という気持ちはもちろんある。そういう意味では早く覚悟を決めていくべきなのだろう。でも、もう少し兄上とここにいたいという気持ちがぬぐい切れない。


「スーハル、準備が終わったなら行こう」


 でも、そうだよね。そういうわけにもいかないんだ。



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