3-6
「――――――」
「――――――」
同時に動いたように見える。いや正確には何も見えない。瞬間移動と見まがうほどの高速の衝突が廃工場の中を縦横無尽に繰り広げられる。衝撃に巻き込まれた壁が、屋根が、機械類が、次々と破裂して私はただただ圧倒された。
「なんだい君たち揃いも揃って、暇なのかい?」
「逆だ、私は監察官としてここにいる」
「調査員には派遣先の惑星において自由に調査するための一定期間の不干渉期間が設けられている。私にはまだそれなりに時間があるのだけれど、いくら私を補足しにくいからってイースは過保護すぎやしないかい」
「もはや調査員の自由を保証している場合ではないと、そちらも理解しているだろう。貴官のやり方では、情報が届けられるのが調査終了後。何年先になるのか分かった物では無い。ゆえに、我々はここに来た」
「君たち程の人材が束になって私を迎えに? 私一人に構うよりもそんな窮屈な体を捨てて別々な星に調査に出かけた方がよっぽど効率的じゃないかな。近視眼的に、効率の名の下に同じ情報をなぞるのは愚の骨頂だし、私の才能を潰すことだと母星もわかっているだろう」
「こんな発見も、特徴も無い星で『恋愛』などという、再発見する価値の無い情報に、星の未来を託せるのか⁉ それこそ■■■の才能を潰していると思わないかね」
「好奇心こそイースの誇り。種を滅ぼす程の情動なれど、それで我々は進化してきた。私は過去の経験から『恋愛』こそ星を救うと直感している。
君たちも調査員であるなら慣れない監査官などでは無く、星々へ飛ぶことでこそ星を救えると思わないのかい」
「「「「黙れ!」」」 誰もが貴官のように……自由に、飛べると思うな! 誰もが未知に賭けられる程……程度を、知れ!」
数度目の衝突で大きく弾けた。強烈な破砕音と共に監察官の右腕が宙を舞い、コンクリートの地面にめり込む。音が二つに分かれると余裕の表情のかぐやと、右腕を失った鋼鉄の監察官が対峙する。
「現実の肉体なら間違いなく負けているけど、やっぱり積み込み過ぎでしょ。人員、あと一人減らせなかったのかい」
「なるほど、機動性、操作性においては流石に、劣るな。確かに、並列化による惑星跳躍は貴官の言う通り、動作にラグが生じる」
だが、監査官はそう言うと残った左腕を剣に、両足を逆関節の機動性に特化した義足のような形状に変形させる。
「貴官の言う通り、操作部位を一つ失ったことで、変形を行いやすくなった。いつまでも、逃げられると思うな」
「――――――‼」
さっきまでかぐやの頭部があった箇所に刃が突き刺さる。かぐやは体を逸らして紙一重で躱したけど、替わりにそれに続く蹴りを入れられてしまう。くしゃりと頼りげない音が鳴るとかぐやの体は横に吹き飛んだ。
「ふんぬっ――!」
監察官は攻撃を止めない。お返しとばかりにかぐやの右腕を切断し、彼女の肉体をめちゃくちゃに踏みつける。傷つくたびに「かさり」「くしゃり」と軽い音を響かせ、かぐやの肉体は断裂面から砂粒を噴き上げる。
「止めて――‼」
私の声なんかで男は止まらない。かぐやが現れてから、これはもう彼らの星の単位の話になったと言わんばかりに私を一顧だにしない。粛々と、任務のために、相手は鋼の肉体を存分にかぐやにぶつける。
「損傷率五〇パーセント。この程度で良いだろう。ただいまより精神体の分離処理を行う」
監察官は両足を拘束具に変形させ、踏みつける要領でかぐやを地面に固定。そして左腕を剣の長さはそのままに管状の器具へと変形させる。血管のような様々なケーブルを備えたそれが赤く脈動し不愉快な駆動音が空間に鳴り響く。素人目にも分かる、あんな物騒な物を入れられたら――
「かぐや――‼」
「■■■よ、これで終わりだ」
管は真っ直ぐ正確にかぐやの額へ伸びて――
「そうだね、終わりだ」
直前で内側から爆ぜる。
「!!!?」
「……なっ」
私達が驚く中でかぐやは驚くほどマイペースに状況を見上げる。ゆっくりと微笑みながら、あくびを一つ。その吐息に反応するように監察官の左腕が、両足が、彼女に近い部位から砂鉄と砂粒を噴き出しては分解される。
「な……なぜ……」
監察官はダルマ姿のままうつぶせに倒れる。かぐやを見上げる表情には悔しさよりも、純粋に疑問が浮かんでいる。
「四人で体を共有しているのが悪い。君たちが一人であればあるいは違和感に気付けたかもしれないね」
「……状況を解析……■■■の活動体の損傷率……八七パーセント⁉ ありえない……いや、まさか、我々と衝突するごとに私の中に少しずつ活動体を侵入させ、内側からすでに破壊していたのか⁉」
かぐやは地面を分解し、原子を回収すると破損部位を再生させた。監察官は一つの肉体に四人の精神を同居させている。動きがやけにぎこちないのが機能衝突を起こした結果だとするなら、彼らはそれぞれの部位の情報を正確に把握することが出来なかったのでは? かぐやが腕を切り落としたのがフェイクなのかノリなのかは分からない。けど、監察官の言葉を鵜呑みにするならかぐやの勝利は最初の衝突から決まっていた……⁉
「私が遠方に出向くのにただ楽しい思いをしてきただけだと思う? このように、危険に対応するための活動体の運用方法とか結構提出してきたのに……読まれなかったのは残念」
「確かに……ここまで精密に操作できるとは思わなかった……。ゆえに、我々も本気になろう」
「むぐっ‼」
何処かからか、何かが飛んできて私の首を絞め上げる。
「――っ‼」
切断された監察官の右腕。それは私の喉を捕えると液状に溶けだし、首輪に変形すると内側から徐々に締め上げて――
「カハッ……げえっ……」
「⁉ ちょっと待って! 監察官なら分かるだろう! この件にエリは関係ない。我々イースの人間は現地の知的生命体に干渉してはならない。イースの人間を代表するなら、これがいかに不法なものか分かるはずだ」
「資料として、彼女の記憶を覗いたが、君こそこの少女に過干渉しているのではないかね。この数日で彼女の記憶は君に関するもので溢れているようだが」
「調査の上で、必要な範囲で干渉する例ならこれまでだってある。私が該当する範囲の論文を読み込んでないとでも? この状況を本部に報告すれば立場が危ういのは君たちだぞ!」
「黙れ! 現在は母星の非常時。たかが人間一人消えた所で何ともならん」
「恥を知れ! イースのプライドを捨てたのか!」
「私は母星に忠実だとも……。さて、無駄話はもういいだろう。結論に入らせて、もらう」
監察官もコンクリートの地面を材料に右腕以外を修復した。そのままゆっくりとかぐやの下へ。同時に私の首輪が一層締まる。
「――かっ――こっ」
もう酸素が回らない……。視界も白んで……くっそ……宇宙人なんかに……なんで……。
「かっ――かぐ――」
助けてほしいのか、それとも逃げろと強がったのか、最後の空気と共に絞り出された言葉は何の意味も紡がない。
けれど、かすむ視界の中でかぐやの顔だけははっきりと輝いた。私に向けて安心させるような笑顔……やめろ……やめて……そんな、まさか――
「……帰還命令を受諾する。だから、エリを解放してくれないか」
「いや、彼女の解放は貴官の処分と同時に行う。情けない事に搦め手以外で君に対抗する手段は無いのでね。彼女を解放した瞬間に我々がバラバラにされても困る」
「なるほど、それもそうだね」
「か――か――っっ!」
瞬間、白む視界を焼き尽くす程の閃光が広がる。喉元が自由になると私は爆発の熱気を丸ごと吸い込み大きくむせかえる。
「ごほっ、げっ、げーえっ……」
局地的な超新星爆発。それがもしも星を渡るときの彼らの目印なのだとしたら――
「……かぐ……や」
工場の中は月明かりが差し込むばかりで、外の夏の虫や蛙の鳴き声が迫って来る。首元から灰色の砂鉄がさらさらと……爆発の中心点には白と黒の砂山が……。
「は……何よ……これ」
絶世の美女も、鋼鉄の追跡者も、二人を示す痕跡は一切残らない、静寂。私の日常を侵略してきた彼女たちはあっという間に私の前から姿を消した……。
「かぐや……冗談でしょ……あんな、ヘラヘラ笑って、無茶苦茶で……勝手に盛り上がって満足したら消えるわけ……ねえ……」
何を言っても無意味だって、頭では理解出来ている。誰もいない空間で、私の声だけが虚しく響く。
不意に夏場の湿った空気が入り口から吹き込んだ。空気の塊のようなそれは砂山を吹き飛ばして――
「――っ!」
気づいたら走っていた。砂粒と共に転がるそれ、それだけは失わせない。
「ふっ!」
這いつくばるように転がって、掴んだ手のひらを開けてゆく。
「ほんと……アイツの存在って何だったのよ……」
自慢するように身につけていた安物でボロボロなヘアゴム。これは私が与えたもので……やっぱりあいつ自身の痕跡じゃない。もう価値も無くて……。
「……………………っ」
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