五章 暗闇より希望の光 その9

 二人の侍の衝突の数分前のことである。

「へへ…さすがに連続の移動と浄化の後にお前と戦うのは、きつかったな。」

一誠は膝をついていた。蛇光としばらく互角以上に戦えたが、途中で体にガタが来た。隙を狙うのが得意な蛇光は見事に致命傷を負わせ、この瞬間に至る。

「愚かだな、一誠とやら。余を殴り飛ばした後に貴様は余の生存を確認するべきだった。そしたら、余を確実に倒すことができた。」

  蛇光は刀を向けながら、高らかに語った。血を流し続けている一誠は真面目に言い返した。

「最初に浄化をしたらお前が何をするかわからない。だから最初に一発入れさせてもらった。被害者を最小限にするためにはお前の生存を確認するか戦いを長引かせるのは得策じゃない。」

 一誠はそう言って、少し考えてからまた言葉を発した。

「後正直、初手の一発でお前を仕留められたと少し思ってた。……お前のタフさを見誤った俺の油断だ。」

 一誠は真っ直ぐな希望の目で蛇光を見つめた。

「さっき確信した。俺の仕事は終わった。種蒔きは済んだんだ。そこから成るのは三十倍? 六十倍? 百倍? どれくらいの実がまいた種から結ぶかは俺にもわからねえ。」

 一誠はそう言い終わると、蛇光は疲れながらも彼を笑った。

「シャッシャッ種まきだ〜? てめえは農家か?」

「ああ、農家だ。どうやら俺がこの国に来た本当の理由は俺も知らなかったらしい。我ながら情けない。お前を倒すのは俺の仕事じゃなかったんだ。」

 一誠は空を仰いだ。

「今日お前は俺に勝利する。だけど大いなる戦いにはお前は決して勝てないだろう。」

 この一誠の言葉に蛇光は苛立ちを覚えた。

「あーん? 何言ってるんだ、コラッ! 余が負けるだぁ⁉︎ どうして言い切れる⁉︎」

 喧嘩腰の侍に、歴戦の英雄は不敵な笑みを浮かべた。

「焦っているな蛇光。お前がどう足掻こうと無駄だ。言ったはずだ。」

 一誠は笑みを浮かべたまま蛇光に睨みを効かせた。

「種まきは済んだんだ! 俺がまいた何個かの種から成る芽はお前が潰そうとすればするほど、無数の特大な果実に化けるぜ!」 

  一誠が蛇光に首を斬られる前に放った最後の言葉である。


・・・

・・・


 時は括正と蛇光の戦いに戻る。

「ぐはっ!」

 括正は蛇光によって吹き飛ばされていた。

「痛ってえ……致命傷だったの初手だけかよ。逆にこっちはぼろぼろだ。」

 その場所に蛇光はゆっくり舞い降りた。

「どうした、侍道化? てめえの怒りはお飾りですかぁ〜?」

 蛇光はそう言いながら、自分と同じくらいデカイ岩を念力で浮かせていた。

「念力に目覚めたのは正直驚いた。だが部屋に虫が入ったら誰だってビビるだ、ろ!」

 直接触れずに蛇光はその岩を括正目掛けて投げつけた。

(黒鎌一閃!)

 括正はタイミングを見計らって、飛んでくる岩を真っ二つに斬った。だがそこでは終わらない。

「刺―火巣!」

 括正は蛇光を目掛けて斜め上に跳んだ。

「やっぱり蛍ではないか。」

 ピッ、ぷすううううう!

 括正の刀は蛇光の片手の二本の指に白刃取りされ、宿ってた火は見事に煙とかしていた。念力の衝突によって宙に浮いている二人の侍。括正は少し悔しそうに言葉を発した。

「蛇光殿は火消しに転職されてはいかがかな?」

 苦し紛れな顔を引きつって微笑む括正は堂々と言った。

「火では止まらんさ。余はこの世界の希望の光を全て消してやる。」

 蛇光のこの恐ろしい宣言に、括正は負けずに言い返した。

「もちろん僕も抵抗するで。…拳で!」

 括正は蛇光の顔を目掛けて空かせた右手を解き放った。しかし蛇光は括正の拳をあっさり念力で捉えて、止めた。蛇光は嘲笑いながら括正に質問をした。

「貴様は次は何で抵抗するんだ?」

「つばで! んぺっ!」

 括正はつばを見事に蛇光の顔に直撃させた。

「おえ! 臭い! 眼に入った! この、」

 蛇光は拳を上にあげた。

「家畜がっ!」

 蛇光は振り落とした拳を括正に直撃させて地面に叩きつけた。

「グッ、え?」

「地底に埋まれ!」

 地面に落とされた括正に休息はなかった。垂直に蛇光は飛び膝蹴りを仕掛けてきた。

「やべ!」

 間一髪で括正はよこに転がることによって直撃は避けられたも。しかし飛び膝蹴りの風圧は避けられるものじゃなかった。

「ゴッ、くっ! ……道化乱歩!」

 括正は自慢の技で蛇光の周りを動き回り、攻撃を仕掛けた。一方で蛇光はかわしたり受け流したりして、応戦した。何度か蛇光は蛇ン苦を繰り出したが、括正は蛇たちを次々と切り刻んだ。

(雑魚潰しの技は効かないって訳か? だったら…。)

「今度はハエか? じゃはたいてくれよう。」

蛇光はそう言うと、刀を抜いて上にあげた。

「蛇―名太流!(ヘビーメタル!)」

 そう叫びながら蛇光は大きく刀を地面に叩きつけた。すると、その辺り一帯の地面が突然変異をした。

「グッ!」

 括正は動きを止めるしかなかった。

「体が…重い! 重力のコントロールか⁉︎」

「面白い仮説だが外れだ。もしそうなら余はてめえをひれ伏せさせてる。これは宇宙と空の狭間の気圧を再現した念術だ。どーれ、解いてやろう。」

 蛇光は刀を鞘に納めると、パチンと手を与えた。

「うわあ、ぐああ!」

 括正はうつ伏せに倒れた。体が突然の環境の変化に対応できなかったせいである。倒れた括正がまだ被っていたターバンを蛇光は念力で彼の頭から外した。

「懐かしき日々を思い出す。余が幼き頃よく父が連れて行ったのだ。フォーン狩りに。いやあ、楽しかった。父はよく言ってた。‘フォーンは出来損ない、失敗作の怪人だと。だからあいつらは我々の食べ物なのだ’ ってな。」

 蛇光はそう言いながら、舌を出した。

「余は父のように下賎な肉は好かん。余の血が汚れるからな。ある日余は父を殺した。てめえらフォーンを殺していた父を殺した余。その余が貴様らには何も感情を抱かなかった。……最近までな!」

「ぐああああ!」

 突然の蛇光の蹴りに括正は後方へとぶっ飛ばされた。

「ガッ!」

 木にぶつかった括正に、蛇光は叫んだ。

「感じるか? これが余の怒りだ!」

 蛇光はすぐに、怒りの動機を語り出した。

「レドブル達の国への侵入は計算外。だが余の手柄にできたら作戦をスピーディに進行できた。だがてめえが倒した! 仕方なく余は元の作戦で名乗りをあげた災狼を潰そうと思った。だが、てめえがまた倒した! てめえがいなきゃ余は確実に本来の力を取り戻し、さらなる強大な力を手に入れられた。余はこのメルゴール、いや全ての世界の神になれたのだ!」

 蛇光は語り終わると、括正は口を開けた。

「つまり、点数で言うなら僕の勝ちってことだな?」

 括正の挑発に、蛇光は静かな怒りを見せた。

「砕けた体、だが口は吠える子ヤギが。分子レベルで体を無き者にしよう。」

 蛇光はそう言いながら手のひらを括正に向けて、破壊の念を溜めた。括正は深く考え事を始めた。

(ごめん、幸灯、一誠さん。仇を取れなくて。道長殿、あんたが俺に何を託したか最後までわからなかった。すみません…。)

(ずいぶんと弱気じゃのう、岩本のお坊ちゃん。)

(え?)

 括正は死者の声に突然驚いた。

(道長殿。……チッ、よりによってあんたがお迎えかよ〜。かわいい女の子の天使か幸灯がよかった。)

(死の近くにいてもうつけじゃの〜。まあだからこそ無数の侍の中でお主に種をまいたのかの〜。)

 道長の魂が話しかけると、括正は動揺した。

(父上でもよかったんじゃないっすか?)

(あやつは強さも器もたいしたもんじゃが、ストイック過ぎてでなんでも論理的に考え過ぎる皮肉屋だからいかん。単純にお主の方が人間臭くて面白い。)

 括正は目を閉じて集中すると、暗闇の中から道長が現れた。道長は優しく括正の肩に手を置いた

「ワシの念力をくれてやる。但し使える時間は短いから決着は早くな。あの蛇に一泡吹かせて、未来を掴め。」

 この時、蛇光は括正が気絶したことに違和感を感じていた。

「妙だな、こいつ今自分から気絶したぞ。」

「「待たれよ、待たれい!」」

 突然二つの人影が蛇光の前に現れた。聖騎士のクーマと宣教師のステイベンである。蛇光は笑みを浮かべた。

「ほぉー、貴様らも海を渡って余を退治しに来たクチか?」

「とんでもねえ。蛇光さん、あんた漢の中の漢だぜ。」

「は?」

 クーマの意外過ぎる発言にさすがの蛇光も驚いた。

「あんたは汚名を背負ってまで国を守ろうとしている。その自己犠牲的な精神にシクシクシク、おいおいおい。」

「全くだ。君には痛み入る。東武国のために戦う真の正義と言えよう。」

 クーマに乗っかるステイベンに蛇光は無言だった。なのでクーマがまた語り出した。

「あんたがこれ以上重荷を背負うのは聖騎士として忍びない。せめてあのフォーンを俺ちゃん達がトドメを刺すのを許してくんない?」

「右に同じ。あなた様の代わりに真の正義を持ってあの忌々しき化け物の殺生。許してくれんか?」

 この二人の要望に蛇光は腕を下ろして、笑顔で言った。

「好きにしろ。余が許す。」

 この言葉を聞いた二人の偽善者は括正に向かって突撃した。

「汚れた汚物よ、俺ちゃんの手によって滅んでちょんまげ!」

「ミーの杖によりくたばれ、雑種が!」

 二人が括正のすぐ近くまで接近したその時、括正は起き上がった。

「つあああ!」

 括正は瞬足に自身の二本の角を折ったと同時に二人に投げつけた。

「ぐあ!」

「ゴゴ!」

 いきなりの不意打ちに二人は傷を負い、動きを止めた。

「子ヤギの念力が上がった?」

 蛇光も驚きを隠せなかった。だがショーはこれでは終わらない。

「え、ミーの体が…」

「あいつに引き寄せられている?」

 角がすぐに再生した括正は念力でいとも簡単に二人を引き寄せ、語りかけた。

「悪いが、今蛇退治中なんだ。フア!」

 括正は叫ぶと同時に両手を大きく広げて、クーマとステイベンは両極の空の彼方へと飛んでしまった。

「いやああああ!」

「アッヒーン!」

 叫ぶ二人に括正は決め台詞を放った。

「自覚のないクズは地獄の雑草でも抜いてな。」

 括正はそう言い終えると、目の前の敵を睨んだ。

「さてと…クライマックスの始まりだ。」

 そう言いながら、刀を構えた。蛇光は思わず笑ってしまった。

「シャシャシャシャ、おいおい。余に飛斬で挑む気か? 余も侍だぞ! てめえが生まれる遥か前から刀を振っていた。」

 蛇光はそう言うと刀を抜いた。飛斬を三つ放ちながら括正を罵った。

「てめえは脆くて! 気味が悪い! 失敗作だ!」

「だけど、下半身はふっわふっわ〜!」

 上手く飛斬をかわした括正はそう言いながら蛇光を目掛けて石ころを投げた。

「ぐっ! 痛え! 一誠からの傷に当てやがって!」

 蛇光はそう言うと、二人の侍は刀に力を込めた。

「飛斬 “血染の黒豹” !」

「飛斬 “冥府の赤蛇” !」

 飛ぶ斬撃はぶつかったが蛇光の飛斬があっさり勝ってしまった。

「シャシャ、灰になったか。ん? ふ!」

 蛇光は砂埃を払いのけた。

「服しかねえ。どういうことだ?」

「こっちだ、蛇野郎!」

 突然の声に蛇光は驚いていた。裸の括正が全速力で走っていた。

(ピンピンしていやがる! しかも念力が莫大に…。)

(バルナバ…礼を言う。)

 括正は紫のオーラに身を包み、飛び膝蹴りを仕掛けた。

「邪ッ狩ル!」

 見事に括正のヒヅメは蛇光の腹部に直撃した。蛇光は悲鳴をあげるしかない。

「ぐああああ! なぜ余があああ! 貴様のような子ヤギにいいい!」

「貫けえええ!」

「ぎゃああああ!」

 括正が蛇光の体を貫いたと同時に蛇光の体は灰となり、跡形もなく消滅した。

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