第25話 魔術師織部の憂鬱



〔西洋魔術結社 虹の鐘代表 織部〕





 私――魔術師織部は今、福島県いわき市のとあるオフィスにいた。


「本日はようこそお出で下さいました、織部様。閣下がお待ちです。どうぞこちらへ」


「え、ええ。どうも」


 あのから数日後。


 私は部下を引き連れ、超越者が如き青年の呼び出しを受けここに来ていた。

 立地もよく建物も新しいビル一棟を丸々借りている当たり、うちより間違いなく稼ぎは良いのだろう。家賃だって馬鹿にならないはずだ。


 ……いやドラゴンなんて所有している人物が金に困っている訳がないか。


「あ、あの、代表」


 そんなことを考えていると、連れてきた部下の一人が動揺している。


「なんだ?」


「い、いえ。あの女性……ゾンビですよね?」


 彼は恐る恐ると言った感じに視線を先を歩くスーツ姿の女性へ送る。


「あはは、気のせいだよ君」


「で、でもっ」


 思わず彼の肩をガッチリ掴む。


「それは気のせいだ。誰がなんと言おうが気のせいだ。いいね? だってゾンビはモンスター。接客なんて出来ない、やらない、腐ってる。いいね?」


 ――そりゃ言われなくたって瘴気が出てるんだから、私だって分かってるんだよッ。


 でもどこの世界に死人が受付嬢をしている事務所がある。それにだ。


「……指摘したら、二度と帰れなくなるかもよ」


 そういうと部下がビクッとなって謝った。

 うん、君の気持ちもよく分かる。だから『友誼を深めよう』なんて理由で呼び出された私の気持ちも察して欲しい。


 そうなのだ。今日、私はあの竜を呼び出し魔族を殲滅した青年に魔術師同士、腹を割って話そうじゃないか。なんて理由で呼び出されていた。

 もはや完全に仲間扱いだ。実際、今更逃げられるものでもない。


「でも……ほんとに、これで良かったのか」


 そんな言葉が不意に出てしまった。

 つい、全てが変わったあの夜を思い出す。






「――あなた方は日本侵略を企む敵性魔族の仲間つまり、私の敵ですか?」


 花山へ入山したあの夜。


 私達は万全を期したにも関わらず、鬼蜘蛛なるモンスターの軍勢に全員が成す術なく捕らえられた。

 そして運ばれた場所には蜘蛛たちを統括する金髪の偉丈夫がおり、そこに何故か用意されていたプロジェクターに映る中継映像を通し、音声までは聞こえないが映像でこの福島で起きている隠された現実を見せられた。


 ――人間に化けた複数の魔族。それが使役する伝説でしか知らないモンスターの軍勢。魔族の放つ強力な魔術の数々。そして巨大ドラゴンを呼び寄せその全てを粉砕する青年。


 映像を見終わった後、口を開ける者は誰一人としていなかった。

 私を含め全員が見せられた情報でこれまでの常識をひっくり返され、今まさに起きている危険かつ重大な戦いに絶句する以外になかったのだ。


 そこに瞬間移動が如く現れたのが目の前の青年である。


「初めまして皆様。私の名はレン・グロス・クロイツェン。この山を管理しドラゴンと蜘蛛達を管理している者です。隣にいる金髪の男とプロジェクターを操作している青年の主でもあります。以後、お見知りおきを」


 黒いシャープなサングラス。金色の大華の刺繍が背中に入った白い一張羅。オールバックにした艶やかな黒髪と言った一種独特な風貌な彼が優雅に一礼する。見惚れる程に美しい所作だ。


 だが彼こそが映像の中で魔族と戦っていた張本人。この世界に“かつていたが今は存在しない”と言われるドラゴンを従える男。


「お、俺達はいったいどうなるんだ……殺されるのか?」


 散々、彼の圧倒的な比類なき力を見せ付けられた私達の殆どは既に心が折れていた。蜘蛛にドラゴンだ。無理もない。


 しかもそんな彼と敵対した魔族の一人の正体は、なんと私が採用したあの有鳥くん。


 ――やはりそのせいで我々も魔族の仲間と思われているのかっ?


 とにかく疑問と不安が尽きない。


 我々はこれから何をされるのか?

 有鳥は最初から魔族だったのか?

 目の前の青年は一体何者なのか?

 ドラゴンは今までどこにいたのか?


 死刑宣告を待つ様に私達は恐怖と混乱の中でレンと名乗った青年の言葉を待つ。


「まず、確認です。――あなた方は有鳥、いや魔族アドリの仲間ですか?」


 思わず全員がぶんぶんっと音が鳴りそうな勢いで首を振った。


「ち、違うんだ! 信じてくれるかは分からないが、我々は騙されていただけの被害者だ! 本来、我々はこの国を守る為におり魔族・妖魔の敵だ!」


「――で、ありますか。まぁこれまでの事態の推移を鑑みればそれは事実でしょう。無論、あなた方がもし敵性魔族の協力者なら生きて返す訳にはいきませんがね」


 その威圧だけで全員が息を呑む。


「ただ違う様ですね……ならばいいでしょう。申し遅れましたが実は私、代々彼等の様な敵性魔族や邪人の侵略者を撃退する事を使命とした一族の末裔なのですよ」


 彼は語る。


 自分達は“神秘”でありながら、国際魔術連合にも名倉神道にも属さないモグリの対魔族のスペシャリストであると。


 その目的はただ一つ。

 この世界とは異なる世界から侵入した敵性魔族や邪人の殲滅。


 なぜなら地球は既に異世界セラと繋がりがあり、そこから世界の敵となる侵略者の魔族や邪人が侵入。

 その脅威にずっと晒され続けており、今や日本は危険な状態で早急に対処しなければ国家転覆の危険……となっているらしい。


 ――んな馬鹿なぁ。


 もし私が最初にこの説明をされたなら、間違いなくそう笑う。


 異世界から悪の侵略者がやってきて世界は危機に陥っている。それに対して裏社会の住人である我々にすら知られず、ひっそりと彼は処理してきた。

 まるで漫画の世界だと思う。


「……だが」


 我々は見せられてしまった。大量の巨大蜘蛛、有鳥の変身、そして人の言う事を聞くドラゴン。これだけのものを見せられれば笑いたくても笑えない。涙すら出てくる。


「しかも最近、その頻度が爆発的に増加しているのです」


 話はそれで終わらない。

 何でも敵性魔族の発生頻度が年々増加し、ついには花山にも大量の敵が出現したそうだ。


 だがそれすら既に彼等が秘密裏に殲滅し、花山を支配下に置いた。異世界へと繋がるゲートも彼らの手で封印しているらしい。


 ただ取り逃がした個体もいた。

 それがあの三体。奴等は上手く私達に取り入り、同じ人間で同士討ちさせ、その隙にゲートを開放しようと試みていたそうだ。


 それが分かったので青年達は私達全員を拘束、さらに敵性魔族へ逆侵攻しドラゴンで殲滅した。


「……以上が今回のあらましになります」


 ――え、マジなの?


 たぶん、ここにいる全員がそんな事を考えていたと思う。だって顔を合わせる人間全てが顔にそうありありと出てたから。

 そんな困惑した空気の中、旭神道の三上涼子さんが質問する。


「つ、つまりだ。あなた方は元は妖魔を敵とする一つの郷土信仰であり、それが何度か行われた神仏魔道習合の再編をすり抜け、現代まで継承し、今の今まで影で妖魔を処理していたと? しかも異世界と行き来しながら?」


「ええ。メンバーを見て分かる様に別にこの国、或いはこの世界だけに留まっておりません」


「世界各地や異世界を放浪しながら、妖魔を倒していたというのですか?」


 そんな馬鹿な。異世界はもうなんかあれだが、日本以外にも神秘を守る者達がいる。

 その目を今までずっと掻い潜ってきた? というよりなんで協力しない?


「なぜ、各地の神秘と連携を取らないのですか?」


 涼子氏が私の当然の疑問を代弁してくれた。


「――神秘側の要職に敵性魔族や邪人が入り込んでいるからです」


 全員が絶句した。私は思わずそんな事はないと反論しようとするが。


「彼らはその姿を人間と変わらぬ物に変え組織に入り込み潜みます。


「ぁ……」


 それで私や他に否定しようとした者達が口を噤む。そうだ。まさに今、我々は騙されたばかりではないか。


「……それになんでもあなた方の話では、魔族或いは妖魔と言われる存在は数百年に一度くらいしか現れないとおっしゃっておりましたね?」


「え、ええ」


「三十」


「は?」


「既に我々は三十人以上の敵性魔族を屠って参りました」


 思わず目を見開く。

 三十? そんな数の魔族がいるはずが――。


「サン・マルヒ」


「ハッ――」


 青年が声を掛けると、金髪の偉丈夫の下半身が変身した。


「なっ!?」「え――嘘だろ!」「バカなッ!? 魔術の気配なんてッ!?」


 その下半身が蜘蛛の様に変身した事で魔術師や神道の者達が騒然となる。私も開いた口が塞がらなくなった。

 まるで分からなかった。あまりにも自然に魔術が発動されており、疑いすら持たなかった。この中でもっとも魔術に精通するこの私がだ。


「大丈夫、彼は味方ですよ――しかし、この中で彼の変身術を見破れた方は一人でもいらっしゃいますか?」


 当然、誰も声は上がらない。信じられない。我々がこれまで学び、警戒してきた事はいったい……。


「つまりはそういう事です。あのアドリが特殊なのではなく、敵はこれくらい簡単にやっているのです。ゆえに既にあなた方の認識は――“古い”。

 そんな事でいったい、どの口がこの国を守るとおっしゃりますかね?」


「っ――」


 三上氏が強く唇を噛んでいるのが見えた。彼女も東北を預かる筆頭巫女。だがこれだけ言われても反論できないのだ。


「そこで私から提案があります」


「提案ですか?」


「ええ。もし、この国を敵性魔族または妖魔ですか? 彼奴らから守りたいと言うのならば、神道庁や連合魔術協会ではなく、私達につきませんか?」


「どういう意味です?」


 三上さんの目が鋭くなる。


「旭神道でしたっけ? あなた方のやり方は命を削ってのものですが、それを命を削らずに使える様に改良しましょう」


「なっ、なんですって!?」


 驚愕する彼女から今度は青年は私を見る。


「それと西洋魔術はパッと見でしたが、無駄があまりにも多過ぎる。最もそれは少ない魔力量を補う為でしょうが、そちらも抜本的に改良した、新たな魔術系統を組み上げようじゃありませんか」


 突然の話に心臓が跳ねる。


「あ、あらたな魔術系統ですとっ!? そっ、そんな大それた事が可能なのですかっ!」


 数百年掛けて作り上げた理論を壊し、新たな理論で組み上げなど、出来る訳がない。今更実は地球はやっぱり平らでしたと言う様なものだぞッ。


「ええ。少なくとも私の魔術を見ても、あなた方は何をしているのかも分からなかったでしょう」


 そうだ。我々は目の前の青年との格の違いさえ理解出来ていない。

 ……もし、もしもだ。現在の魔術の刷新に成功すればそれは、現代魔術の開祖となる事が出来る。

 長い魔術の歴史の中に偉大な大魔術師として歴史に名が残る。


“君が東洋人である限り、どれだけ頑張っても一級にはなれない”


 不意にロンドンで私の師匠が告げた言葉を思い出した。


 ――悔しかった。


 どれだけ魔術を習得しようと、新たな理論を組み立て論文を作ろうとも、私が東洋人である限り自分より劣っている弟弟子達に抜かれていくのだ。


 屈辱の日々を思い出し、私はつい拳を握る。


 そんな些細な嫌がらせする一蹴する偉業を成せるかもしれない。

 なにせ目の前の青年は魔族を従え、ドラゴンを傅かせる存在だ。

 もし偉業とまでならくとも、一級魔術師として認められる程の功績を得られるかもしれない。

 何より日本に帰国してから十年。

 私のエンチャント研究は設備や魔力の薄さ、最先端の論文に触れる機会の欠如により、一向に進んでいないのだ。


 ぜひとも、学びたい。学ばせて頂きたい。彼らの魔術に関する知識を。


 ――けれど。


「で、ですがそれは、協会や神道庁を裏切れという事でしょうか?」


 三上涼子氏も揺れている様に見える。無理もない。戦いの度に命を削るのだ。その指示を出し統括する彼女の重圧と良心の呵責は相当なもの。


 ただ流石にそれだけの事をすれば私の場合は協会の要請で、教会から異端審問官が差し向けられる。

 恐らく神道庁でも似た様な、内部監査と粛清を行う部署や機関があるはず。


「そこまでの話ではありませんよ。ただ、我々の事を報告しないで頂きたいのです。理由は当然、私達はあなた方の所属する当局を一切信用していないからです」


「それは裏切りではないと?」


 青年が何を言っているのだという様に笑う。


「物は言い様です。神道庁には、この山には九条ヒカルも邪教徒も居いなかった。けれど別な場所で妖魔を発見し無事に滅し、九条ヒカルを奪還……恐らくもう少しシナリオに手を加えますが、大体はそう伝えれば良いのです」


「それは詐欺師の手ですよ!?」


「まさか。交渉術の基本、世の営業マン達も当たり前に使っておりますよ――と、言いますか。その程度のリスクは負って頂きたい。

 ……よもやそれさえ出来ず、新たなる力を手にしようとでも? この日本を敵性魔族の侵略から守れるとでも?」


 その言葉に私達は言葉を噤む。


「そして同時に覚悟も示して頂きたい。我々は敵性魔族、正しくこの日本を狙う魔王の手先を倒しこの国を守る覚悟を」


「ま、魔王……」


「ええ。それと戦う為の『大盟約』へ署名して下さい。それが条件です。そうなれば私もあなた方を仲間と認め、惜しみなく技術提供を致しましょう。ただし全員です。全員でするか、しないかの二択。なのでよく話し合って下さい」


 そうして思わず顔を見合わせた我々だったが……。







 結局。


「盟約に著名してしまったんだよなぁ」


 不思議だったのは私たち以外に、後から来た谷垣警部や播本局長までもが死んだ目でアンデッドの様な動きで著名していた事だった。

 彼らも自分達の組織に魔族の危険を抱えていたのだろうか?


「織部殿」


 案内されたドアの前に、ちょうど旭神道の三上涼子氏もいた。


「お久しぶりです三上さん」


「ええ。……では早速ですが行きますか」


 二人で頷いて案内してくれているソンビの女性を見ると、彼女は扉をノックし主の許諾を得てドアを開く。

 それに続いて部屋に入るのだが。


「失礼しま――ひっ!?」


 ドアの先の光景に私たちは目をも開くこととなった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る