第124話

 隊長の言葉を聞いたジャックは大げさにため息をつくジェスチャーをした。


「やれやれ、いつもながら面倒な任務ばかり来やがるな……」

「そんな芝居なんかして……実はやる気なんじゃないのジャック?」

「そりゃサフィール准尉、任務には違いないですからね」

「カッコつけても無駄ですよジャック曹長。本心としては、この難局に反乱なんか起こしたバカに一撃をお見舞いしてやる、ってところなんじゃないですか?」

「なんだと……! 俺を何だと思っているんだよ、ケヴィン?」


 ジャックはサフィール准尉の指摘にはどうにか冷静に反論したものの、ケヴィン曹長に言われた途端冷静さを崩してしまう。ケヴィン曹長が来てからそれなりの時間が経ったけれど、この二人のやり取りは中々直りそうもない。ただし、会話の中身からして来た当初の刺々しい雰囲気は感じられず、ある程度はお互いに対する理解は出来ているのであろうことは察せられた。

 そんなことを思っているとジャックが俺に話を振ってくる。


「ナオキ、お前はどう思うよ? 今回の反乱騒ぎ」

「え、俺? うーん……どんな理由があるのかよくは分からないけれど、共和国の軍人としては市民に害が及ばないうちに騒ぎを静める必要はあると思うよ」

「それは一般論ですけれど、ナオキ曹長自身は反乱についてどうお考えなのか、後学の為に教えて頂けると嬉しいですね」


 ジャックの問いかけにごくごく当たり前の理由を返したつもりだったが、それでは納得できないのかケヴィン曹長がより深い理由を追及してくる。それを聞いた隊長が俺が口を開くより早くケヴィン曹長に尋ねた。


「反乱兵たちのことが気になるのかい?」

「気になるというほどではないです。ただ、この先もこういう任務が続くことも考えられます。この際ですから、相手に惑わされないように全員の意志を一つにまとめておく必要があると思いまして」

「ふむ、それで部隊の中心人物であるナオキ曹長に尋ねたわけだね?」


ケヴィン曹長の言葉にジェノ隊長は大きくうなずき、俺の方を見る。


「……というわけだナオキ曹長。ここはひとつ気持ちよく決めてくれないかな?」

「……隊長もですか……」

「まあ、そんな顔をしないでくれナオキ曹長。私も君の言葉にちょっと興味があるからね」

「ナオキ曹長、時間も無いから手短にお願いね」


 顔をしかめる俺に隊長は苦笑いをしながら理由を明かし、サフィール准尉に至ってはもう俺が話をする前提でいるのか、早くしてほしいと急かしてきた。ジャックとケヴィン曹長も黙って俺のことを見つめている。

 俺は心の中で盛大にため息をつくと、疲れたような表情を浮かべているであろう顔を引き締めて、ゆっくりと口を開いた。


「……反乱した兵士たちは兵士たちなりに考えた上で事を起こしたんだろうな。しかし、なんであれ言えるのは、彼らはもう共和国には従えないから反乱を起こしたのだということだ。それは間違いない」


 自分の考えをまとめながら、焦ることなく言葉を発していく。


「でも、もう従えないからと言って反乱まで起こす必要はない。軍を離れるなり何なり、共和国に対してその意思を示す方法はいくらでもあったはずだ。しかし、彼らは反乱を起こすという短絡的な方法を取り、基地周辺の住民たちを脅かしている」


 俺は言葉に力を込める。いついかなる時であれ、市民を危険から守ることが軍人が果たさねばならない役割であり使命だ。その軍人としての役目を見失い、守るべき市民たちを脅かしかねない反乱騒ぎを起こすなど許されるものではない。

 俺はそこで静かに周囲を見回した。隊長を含め全員の視線が真っ直ぐこちらに向かってきている。そのことに少しだけ圧を感じながら、最後の締めくくりをする。


「彼らの事情など関係ない。彼らが共和国に対して反乱を起こし、守るべき共和国国民を脅かすのであるならば戦うだけだ」


 シンプルに戦う理由をまとめて口に出したつもりだった。相手がどうだというよりも自分たちが何のために戦うのかをはっきりさせないといけない。そもそもケヴィン曹長が俺に質したのも、それを再確認したかったためではないだろうか。

 同時に、今後も軍人である以上は絶えずこのことを心に留めておかなかればいけないとも思った。自分たちが戦うのはあくまでも戦う力を持たない共和国国民のためであり、守るべきものを守るために戦うのだと。


 それがたとえ、自分と親しい間柄の相手であったとしても、だ。


 俺は話を終えたが、それに対して誰も何の反応を示そうとしなかった。ジェノ隊長も、サフィール准尉も、ジャックも、ケヴィン曹長も、身動き一つせず口を開こうともしなかった。

 何かまずいことでも言っただろうか、と皆の反応を見て段々不安がふくらんできたけれど、そこでジェノ隊長がゆっくりと俺の方に視線を向けて口を開く。


「ナオキ曹長、ご苦労さん。いい話だったよ」

「い、いえ……まだまだ不勉強で……」

「そんなに自分を卑下ひげする必要はない。最前線で戦わねばならない我々にとっては、君の語ってくれたような明快な理由の方が合っているだろうね。どうだい、サフィール准尉?」


 隊長に話を向けられたサフィール准尉は、まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのか、准尉にしては珍しく、驚いたように姿勢を正した。


「は、はい……そうですね。ナオキ曹長らしい真っ直ぐな意見だったと思います。私にはちょっとまぶしすぎるくらいです」

「そうか、君がそういう感想を持ったのなら良かったよ」

「……?」


 サフィール准尉の言葉を聞いたジェノ隊長は何かに納得したようにうなずき、それを見た俺は首を傾げる。何故隊長はわざわざ准尉にあんなことを言ったのだろう。

 俺の疑問の表情には気付かず、隊長は話を進める。


「まあ、そういうわけだケヴィン曹長。何か異論はあるかい?」

「ありません。元より反逆者に対して容赦などしないつもりでしたが、その思いが一層強くなりました」

「まあ、そういうこったな。ナオキの言う通り、敵は倒すだけだぜ隊長」


 ケヴィン曹長はスッキリとした表情でそう語り、ジャックも闘志にあふれる顔でうなずく。

 それを見た僕は隊長の方を真っ直ぐ向いて、姿勢を正す。他のメンバーたちも俺にならって姿勢を正し、隊長からの命令を待つ。

 隊長はゆっくりと、しかし威厳に満ちた声で命令を下す。


「よし! ノーヴル・ラークスはこれよりラグート基地の反乱鎮圧のために出撃する」

「了解!」


 隊長の命令に全員で呼応した俺達はラグート基地へと急行した。

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