第122話

 やがて、すっかり毒気を抜かれてしまったナズウェルが退出すると、それまでずっと黙って事の成り行きを見守っていた目立たない地味な男がスペリオル卿に声をかけた。


「よろしいのですか、ご主人様」

「何がだね、エドウィン」

「ナズウェル代議士です。私にはいささか小心で軽率なところがあるようにも見えましたが」


 エドウィンと呼んだ男の問いかけに対して、スペリオル卿はエドウィンの方に視線を向けることなく小さくうなずく。


「分かっているエドウィン。あの男にそれほどの大事を任せるつもりはない。ただ、声だけは大きいからね。人心を安定させるにはあのような人材も必要だということだよ」

「我々が進めている計画の一端まで教える必要がありましたか?」

「手厳しいなエドウィン。彼を引き入れたのは不満か?」


 エドウィンの言葉にスペリオル卿は苦笑する。それを見たエドウィンは生真面目な表情を崩さずに「少々僭越ではございますが」と前置きして言葉を続けた。


「実際にナズウェル代議士が我々に害をなす存在になったらどうなさるのですか?」

「それはまずない。君の言う通りあの男は小心で軽率な面はあるが、一度信じた味方には最後まで義理を通す人間には違いない。適度にエサを与えてやっていれば裏切る心配などないだろうし、こちらに都合のいい駒であり続けるはずだ。それでも、仮にあの男が我々にとって邪魔になるならば……」

「なるならば……」

「……その時は丁重にお別れを述べるまでだ。永遠にな」


 スペリオル卿はそう言い切り、そこで初めてエドウィンのことを静かに見据えた。これ以上の意見は許さない、という意味が込められたスペリオル卿の視線を受けて、エドウィンは静かに頭を下げて謝罪の意を示す。


「失礼いたしました、ご主人様」

「構わない。君の意見が正しい時もある」


 再びエドウィンから視線を外したスペリオル卿は部屋の窓から外の様子を眺めた。一台の車が議員会館の建物から出ていくところであった。

 恐らくはナズウェル代議士が乗っているであろう車を目で見送りながら、スペリオル卿は違う話題を切りだした。


「ところで、首相の様子はどうかな?」

「評議会は要求を受けいれないと踏んでいたようですから、当てを外されて不満を隠せない様子です。今は官邸で返答期限をいつにするかの検討に入っているものと思われます」

「なるほど、流石によく働く。騒乱の後処理だけでキャリアを終わらせるつもりは無いということか」


 スペリオル卿は面白そうに言葉を続ける。


「軍部はどうだい?」

「統合参謀本部のマクリーン大将が上手くまとめているようです。動揺はほとんど見られません。ですが……」

「気がかりなことがあるのだな?」

「はい、統合参謀本部の一部に何かを探っているような動きが」


 エドウィンのその言葉にスペリオル卿は窓の外に向けていた視線をもう一度エドウィンの方へと向ける。


「探る? ほう……我々のことに辿り着けたというのか?」

「いえ、まだそこまでは。しかし、ベゼルグ・ディザーグの一件から我々につながる手がかりを得ようとしている節があります」

「その段階なら恐れるに足りんが、まだ芽であるうちに潰すべきだな」


 スペリオル卿の言葉にエドウィンは無言でうなずき、そのまま部屋から退出しようとしたが、スペリオル卿はそれを「待て」と制止した。


「その一連の動きの首謀者は分かっているのか?」

「そこまではまだ知り得ておりませんが、我々の情報網に接触してきた男の身元は掴んでおります」

「その男の名前は?」

「ニデア・クォート。共和国軍中央幕僚本部の監察官です」


 名前を聞いたスペリオル卿は首を傾げる。意識を若干思考に傾けて、目を伏せて記憶を探る。


「はて、ニデア・クォートという男、どこかで名を聞いた覚えがあるな」

「ゴルドール事件の際、ベゼルグ・ディザーグ捕縛の指揮を執っていた男であります。また、エクリプス計画の現在の責任者でもあります」


 エドウィンの言葉にスペリオル卿は小さくうなずき、姿勢を正す。


「エクリプス計画? ああ、例の試作型の話か。そういえば計画の進捗はどうなっている?」

「……先日、南部基地にて改修型の試験運用を終えたそうです」

「なるほど、ならば実戦での運用データが必要になるな。あれも今後の為に必要な要素だ」


 スペリオル卿はそこで言葉を切り、黙ってエドウィンのことを見やる。エドウィンは手元のタブレット端末を操作して、返ってきた反応を確認してから黙って頷いた。


「……それで、その男が今になって事件の真相を探り始めたと?」

「まだ不明瞭な点が多くあるので断定はできません。彼の握っている情報網はいち軍人の築いたものにしてはいささか大きすぎる規模でありますから」


 スペリオル卿はそこで薄く笑みを浮かべる。エドウィンの意図について理解したからだ。


「なるほど。根源を絶ち、後顧の憂いも断ちたいというのだな?」

「もうしばらく泳がせて様子を伺います故、それまでは我慢ください」

「いや、この件は君に任せよう。計画の後任についても決めねばならんしな。期待しているぞ」


 それだけをエドウィンに指示すると、スペリオル卿はくるりとエドウィンに背を向けて再度窓の外に視線を向ける。エドウィンはそんなスペリオル卿に無言で一礼をすると、そのまま部屋を出ていった。

 窓の外に見える首都リヴェルナの景色は秋から冬へと移り変わる最中であった。

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