第112話
俺が一瞬そんなことを思い浮かべていると、事情を詳しくは知らない隊長が怪訝そうな表情になる。
「どうかしたのかな、ナオキ曹長?」
「あ、いえ、何でもありません。後程お話しします。それよりも、隊長のお子様に何かがあった、ということでしょうか?」
俺は慌てて取り繕いながら隊長に尋ねると、隊長は苦しげに顔を歪める。可能な限り他人に話したくはないが、でも話さなければならないような、二つの矛盾した感情に心を板挟みにされている。俺にはそんなように見えた。
しかし、隊長はそれでも苦し気に声を絞り出す。
「……実はだね、上の娘が先日から行方不明になっているらしいんだ」
「えっ……、隊長のお嬢さんが、ですか……?」
オウム返しに問い返した俺の言葉に、隊長はゆっくりと首を縦に振る。
「うん、一昨日妻から届いた手紙にはそう書いてあった。ある日突然、何の書置きもなく、家からいなくなってしまったらしい」
「奥様は何とおっしゃっているんですか?」
「妻によると、ここ一か月ほど感情が不安定になっていたそうだ。急に怒り出したり、かと思えば急に泣き出したりと言った具合に。何でこんな時にお父さんがいないのかと、妻を問い詰めたりしたこともあったらしい」
ジェノ隊長は苦しげな表情を隠さずに話す。それを見た俺は隊長の気持ちを推し量った。本来であるならば家族のところにすぐにでも飛んでいきたいところなのだろう。しかし、軍人であり、特務部隊の隊長でもある自身が、現在のような厳しい戦況で、私情を理由にこの場を離れるわけにもいかない。
「……それでは奥様も、混乱されているのではないですか?」
「うん。手紙の文字を見るだけでも
俺の言葉に隊長は心配そうな声で応じる。隊長に元気がなかった理由はこれではっきりしたが、隊長の話がこれだけであるとは俺には思えなかった。もう一段、突っ込んだ話が求められているはず。だからこそ、隊長は「相談したい」と言ったのだ。
俺は慎重に、言葉を選びながら口を開く。
「……隊長は、お嬢さんが何を考えて家を出たとお考えでしょうか?」
それを聞いた隊長はほう、といったように両目を見開く。それから、ゆっくりと間合いを取りながら、自身の考えを語る。
「……娘は幼い頃はよく私になついていたのだけれど、最近はどうも私が軍人であることが気に入らないらしくてね。私が帰ってくるたびに軍を抜けろだの、家族を大切にしないのなら母さんと離婚してくれだの、散々に言われていたよ。娘としては自分なりに私や家族を気遣って言っていたのだろうけれどね」
「反抗期、ということでしょうか? ……それが直接的な原因だと?」
「引き金は別にあるんだろうけれど、根本的な理由はそれだろうね。多分、肝心な時に家を空け続ける私に対する不満が頂点に達したんだろう」
「……」
隊長の言葉に俺は自分自身のことを振り返る。
思えば、自分には反抗期というものがほとんどなかったような気がする。幼いころに父親を亡くし、気が付いて時には働きに出ている母親に変わって幼い弟妹の面倒を見なければならず、成長したらしたで今度は母親が病気に倒れて自らが働かねばならず、親に反抗することなんて考えも出来なかった。
だから俺には、いかに親のことを嫌っているからといって、家出までして親を困らせたいという心情にどうしても共感できないところがある。
はっきりと困惑の表情を浮かべる俺に、隊長は苦笑いをしてなだめる様に語る。
「ははは……まるで理解できないという表情だな、ナオキ曹長。まあ無理もない話か。君は真面目だし、まだ若い。まして子を持つ親でもない」
「……否定はしませんけれど、やっぱり理解は出来ませんよ。まして、こんな戦時下にも等しい内乱が起きている状況下で家出だなんて」
俺が半ば呆れたようにそう言うと、隊長はそこで表情を正し、真っ直ぐに俺のことを見つめる。
「さて、ここからが本題だ。今度は君に聞きたいのだが、私の娘はどこに消えたのだと思うかね?」
「えっ……?」
予想外の質問を出された俺は一瞬言葉の意味を考えてきょとんとしてしまうが、すぐに嫌な予感に思い当たって表情を変える。
「……友達の家、あるいは親類の家という線はないのですよね?」
「それで済んでいるならむしろ安心だし、妻もわざわざ行方不明だ、などと手紙に綴ったりしないだろうね」
隊長はほとんど表情を動かさずに返答する。そんなことを聞きたいのではないとでも言いたげだった。俺はそれを見て顔をしかめ、一瞬だけ
「……まさか隊長は、お嬢さんがヤーバリーズに向かった、なんて
「……私もそんな憶測などしたくもないが、そうでなければ君にわざわざ相談したい、などと言ったりはしなかったさ……」
俺が思いついた嫌な考えを、しかし隊長は顔面を蒼白にしながらも肯定する。そんな隊長の姿を、俺は呆然と見つめることしかできなかった。
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