第十章 大攻勢

第85話

 ジャックが懲罰として勤労奉仕活動に従事するようになってから十日が経過した。

 その間は特に出動を要する重大事件も起きず、ジャックもつつがなく活動をこなしているようであった。

 ジャックは口では勤労奉仕をかったるいだの面倒くさいだの文句を言っていたが仕事ぶりは案外好評らしく、一緒に近隣のごみ拾いをした地元の住民から感謝状がノーヴル・ラークスに届いたほどである。生粋の軍人かと思っていたジャックの意外な素顔に僕は驚いた。


「ジャック曹長は面倒見が良いところもあるから、それくらいは出来るんじゃないかしら?」


 その話を聞いたサフィール准尉はそう言って笑っていた。


 ケヴィン曹長はせっかく自分が操縦手として活躍できるチャンスなのにと残念がっていたが、そもそも軍人が活躍する機会などない方が望ましいのであり、実際ジェノ隊長も同様の見解でケヴィン曹長をたしなめていた。

 残念がっているといえばエレイアもそうだった。先日も隊長相手に『敵がいないならもっと演習を増やして、データ取りに協力してほしい』と泣きついていた。彼女の感覚では、特務部隊はもっと積極的に戦闘をするものだと思っていたらしい。まあ、その感覚自体は分からないでもないのだが、軍人というものはそんなに戦闘ばかりするものでもない。むしろ『戦闘に備える』時間の方がはるかに長いものなのである。

 有事に備えて体を作り、整え、武器を整備し、使い方を学び、戦術を理解し、身につけるといった地道な活動の繰り返しが軍人の生活なのである。もちろん、掃除や食事などといったごく普通の日常生活もそこには入るのだが。


 そんなわけで、今日も普段通り午前の訓練を終えた僕は、ケヴィン曹長と連れ立って食堂で昼食の時間を過ごしていた。ジャックは午前中の活動が多少遅れているのか、姿を見せなかった。


「ナオキ曹長、意外に格闘技も上手なのですね。あんなに苦戦させられるとは思ってもみませんでした」

「いや、僕なんて軍に入ってから初めてまともに格闘技を習い始めた人間だからね。ケヴィン曹長は格闘技をやって長いのかい?」


 今日の午前中は格闘技の訓練であり、僕とケヴィン曹長で対戦を行った。結果から言うと僕のストレート負けであったのだが、負けていい勉強になったという感じだった。


「そうですね。子供のころからレスリングを習っていましたから、慣れているといえば慣れています」

「うわ、それじゃあ勝てないわけだ。年季が違うよ」

「でも、俺もストレート勝ちとはいえ、ラウンドを奪うのにかなり苦労させられましたからね。褒められたものじゃないですよ」


 そう言ってケヴィン曹長はややばつの悪そうな微笑みを浮かべた。この十日余りで、ケヴィン曹長も大分ノーヴル・ラークスに馴染んできて、こんなような気楽な会話も交わせる様になってきた。


 と、そこで食堂全体がざわつき始めた。どうやらテレビで何か流れているらしい。


「どうしたんだろう? 何か事件でも起きたのかな?」

「ナオキ曹長、行ってみましょう」


 僕はケヴィン曹長とともに人だかりのできているテレビの前まで足を運んだ。

 僕はテレビの画面を見るなり、息を呑んだ。


「……我々リヴェルナ革命評議会は、以上のように現共和国政府の不正を強烈に糾弾きゅうだんするものであります……」


(ベゼルグ……!)


 テレビの画面では背の高い金髪の男性が政府を糾弾する演説を行っていた。そして、その横にはあのベゼルグ・ディザーグとかいう男の姿もある。ベゼルグは不敵な表情を浮かべ、あのクォデネンツと呼んでいた異形のWPの側に立っている。


「……政府は、あの悲惨な第三次五か月戦争において、数多くの犠牲を出しながらもサヴィテリア連邦に対して講和条約を結び、戦争を終結させたと主張しています。しかしながら、その裏では屈辱的な取引をサヴィテリア側と成立させていたのです……」


 金髪の男はそれほど強い調子でしゃべってはいない。むしろ、状況を考えるならば大人しすぎるくらいだった。しかし、男の分かりやすい語り口は、どこかに人を引き込むような不思議な力があった。


「……私の隣にいるベゼルグ・ディザーグという男性は、第三次五か月戦争においてWP部隊を率いて勇敢に戦い、サヴィテリアの侵攻を食い止めた英雄と言ってもいい存在でした。しかしながら、彼の名を初めて聞いたという皆様も多いことでしょう。何故でしょうか? それは彼がサヴィテリア側に講和の条件と称して引き渡されたからです。しかも、行ってもいない虐殺の実行犯の汚名を着せられて……」


 とそこまで話が進んだところで、いきなりテレビが消されてしまう。


「お前たち、テレビから離れろ! さっさと昼食を済ませるんだ!」


 話を聞きつけて駆けつけて来たらしい年かさの士官が大声で怒鳴った。

 どうやらテレビを消したのはこの人らしい。

 多くの兵士や下士官たちはその命令に従ってそそくさと自分の席に戻っていったが、一部の兵士たちはその上官に説明を求めて食ってかかっていた。


「ナオキ曹長。ここは至急、作戦指揮所へ戻るべきでは?」

「そうだね、ケヴィン曹長。早く戻ろう!」


 僕らは席に戻り食べかけの食事を急いでかき込むと、大急ぎで作戦指揮所に戻っていった。

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