第56話

 僕とベゼルグは距離を取ってお互いのWPとともに対峙する。


「そのWP、どうやら普通じゃねぇようだな……」

「そっちだって似たようなものじゃないか」

「いいや、もっと本質的な部分が違う、と言ってるんだよ。軍曹殿」


 とぼけて問いをかわそうとした僕に、ベゼルグはより深く切り込んできた。


「お前さん、今、コンソールを操作することなくそのWPを動かしただろう? これでも視力はいい方なんでな」

「……何のことだ?」


 僕は既にその質問を予期していたので、表情に動揺を出すことなくしらを切った。


「ふん、あくまでとぼけるつもりなら直に確認させてもらうさ、そいつの秘密って奴をな!」


 そういうと、ベゼルグはクォデネンツの三本足を動かし、エクリプスに攻撃を仕掛けた。

 対する僕もまた、コンソールでエクリプスを動かして迎撃態勢を取らせる。今は新型システムが作動しているので思っただけでも動くのであるが、からくりがバレるにしても出来るだけ後の方が有利なことは間違いない。

 迫りくるクォデネンツの両刃をエクリプスのアサルトブレードが真っ向から受け止める。



 ガギィッ!



 鈍い音が辺りに響く。

 先程と似たような構図になったが、相手と比較しても大型であるエクリプスがパワー負けして押し込まれるということはない。がっちりとクォデネンツの刃を受け止めていた。


「受けているだけじゃ勝てないぜ、軍曹殿!」

「分かっているとも!」


 僕は言い返しつつもクォデネンツとかいうWPのことを必死に見ていた。

 奇抜なデザインであるものの、機体そのものは案外に細身に映った。一見するとパワー型の機体には見えないが、ジェネレータの出力だったり機体の設計だったりが効率よく力を発揮できるように工夫されているのかもしれない。

 特徴的な三本の脚も冷静な視点で眺めてみれば、機体の安定性を高めるための一工夫かもしれなかった。実際、相手の下半身は先程から全くと言っていいほど揺らいでいない。

 僕は戦術上相手のバランスを崩す狙いで足払いを多用しているのだけど、この機体を相手にそれは使えそうもない。下手をすれば空いている脚でこちらが蹴られる羽目になりかねなかった。

 このまま受け続けるのは不利だと判断した僕はコンソールを動かしつつも新型システムで指示を送り、エクリプスの出力を引き上げて相手の両刃を力で押し返させた。対するクォデネンツも両腕に力を込めて逆にこちらを押し込もうとしてくる。

 どちらも譲らず、戦いは激しいつばぜり合いとなった。僕は相手が先程のアレク隊長の時と同じく蹴りを放ってくるのではないかと気になったが、今のところその兆候は感じられなかった。

 と、そこで隊長の声がヘッドセットから響いた。


「ナオキ軍曹、聞こえるか? 返事はしなくていいから黙って聞いてくれ。先程取り逃がした一機がこちらに来ている」


 その言葉に僕は一瞬だけ後ろを振り向くと、先程取り逃がした敵がこちらとの間合いを詰めてきているのが確認できた。


「私の03ACは無事なんだが、私自身が先程足をやられてしまって動くことが出来ん。だから軍曹、君は一旦ここから離脱して友軍と合流するんだ」

「!」


 僕はその隊長の言葉に思わずコンソールを動かしていた手を止めてしまう。


「気を抜くな、軍曹! 私のことは構わないでいい。それよりも君自身とそのエクリプスを守り抜くことを考えるんだ! その機体が奴らの手に渡ったら、わが国の最高機密が他の国に知れ渡ってしまうかもしれないんだ。それがどれほど危険なことか、そのシステムを操っている君になら理解できるはずだ」


 隊長の言うことは頭では一応理解できた。だが、心はそれでは納得しなかった。敬愛する隊長を見捨てて一人で逃げるなど、そんなことが出来るわけもない。


「どうした、軍曹、早く退くんだ!」

「どうした、軍曹さんよ。手がお留守だぜ!」


 隊長の声とともにベゼルグの声も聞こえてきて、僕の手が止まっている間にどんどんクォデネンツの刃を押し込んでくる。

 背後からはホバーで接近してくる敵の気配が近づいてくる。

 僕は……いや、僕が決断しなければならなかった。




 逃げるのか、それとも戦うのか。




「どうやらこちらの勝ちのようだな、もらったぜ、若造!」

「軍曹、何をしているんだ、退け、退くんだ!」


 二人の声が響く。




 その刹那の瞬間に苦しみ、悩み、決断した。




 僕はいっそ死んだ方がマシかもしれないほどの苦悶の果てに叫んだ。




「……僕は……僕は……絶対に退かない! 誰も死なせないっ!」




 エクリプスはその僕の言葉に鋭く反応して動き始める。


「何っ!」

「軍曹!」


 アレク隊長とベゼルグ、二人の驚愕きょうがくの声が同時に耳に届く。

 エクリプスは力ずくで強引にクォデネンツを弾き飛ばすと、素早くアサルトブレードを構えなおしそのまま相手に上段から切りかかる。


「ちっ!」


 ベゼルグは鋭く一つ舌打ちすると、コンソールを入力してクォデネンツの体勢を整えようとする。

 が、それでは遅い。僕は既にエクリプスに次の指示を出している。

 エクリプスは斬る動作を途中で止めて、独楽こまのような体勢で後ろ回し蹴りを放つ。意表を突かれたクォデネンツはバランスこそ崩さなかったものの一瞬動きが止まってしまう。


「くっ! ……舐めるな若造がっ!」


 ベゼルグは若干だが焦りをにじませつつコンソールを動かし、強引な操作で右の刃で前方をぎ払う。

 刃がエクリプスの胴体部分をかすめるが、僕は気にせずにエクリプスのアサルドブレードを振り下ろさせた。

 乾いた音を立てて、クォデネンツの左の刃が両断された。

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