女優・サラベルナールの特異な趣味


 劇場の女帝。聖なる怪物。そのような異名を欲しいがままにしていたフランスの大女優・サラベルナール。

 彼女は名優としてその高名を知られていたが、一部の人には、別な理由でも高名――というより、奇異の目で見られることが多かった人物だ。

 それはなぜかというと、彼女はとあることに対する興味が人一倍強かったからである。


 そんな彼女の興味とは、死への興味。


 彼女は十代のころ、よくセーヌ川へと出かけることで知られていた。

 パリの優雅な雰囲気。その優雅さを象徴するかのように、気品良ささえ感じさせる穏やかな流れのセーヌ川。そのほとりにたたずむ、絶世の美少女。

 実に、絵になる光景だ。だが、この光景の中に、もう一つ付け加えなければならない光景がある。


 それは、セーヌ川から引き上げられている、浮浪者の死体。


 優雅な風景をぶち壊すその光景に、誰もが目をそむける中、彼女だけはその光景に目を奪われていた。

 死体だ。ああ。いずれ私もあんな風に、醜く朽ち果てるのかしら? でも、それは誰にでも訪れる最期。だとすれば、その最期をできるだけ美しく迎えられることはできないかしら。そもそも死というものに恐怖を持つことは…………。


 とまあ、彼女は死に対して、とにかく人一倍の関心と興味をもっていた。

 その彼女の死へに対する興味はとめどなく、しまいには誕生日プレゼントに高級な棺を買ってもらうという奇行にも及んでしまう。

 彼女はその棺を、とてつもなく大事にしたそうだ。

 あまりにも彼女が大事にするので、彼女が夜な夜なその棺で寝ているとかいう噂まで流れる始末。

 そして、実際に彼女が亡くなった時、彼女はその棺によって埋葬されたのだ。

 まあ、彼女は若くして亡くなることはなく、七十九歳になってから亡くなったのだが。

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