第32話 贖罪
「アァァァァ!!!」
「ハハハハッ! ハハハハハハッ!!」
レンは真後ろに倒れた。蓮實は、奪い取った左腕を高らかに掲げ、狂ったように笑い声をあげた。そして、左足でレンの顔を踏みつける。
「残念だったね! 本当に残念だったね、兄弟!!」
「ううっ……」
「どう始末してあげようか?」蓮實は下にあるレンの体を眺めた。「でもまずは、こっちの腕も壊さないとね!」
「アアアアァァァァ!!」
蓮實は顔を踏みつけていた足を持ち上げ、躊躇なくレンの右上腕に踏み降ろした。骨を粉砕されたレンは背中を仰け反り絶叫した。蓮實は心底楽しそうに彼の顔を覗き込む。
「ああ! 涙なんか流して。それでも日本男児か? ん?」
「アガァ!」
踏みつけにした足をグリグリ動かされて、のたうち苦悶の声をあげるレン。蓮實はそれをまるで心配でもしてるかのような表情で見下ろしている。
「その顔。踏み潰してやろうかと思ったけど。大事なことを忘れてたよ」
「アァァ!! ギググッ!」
「ヴァイス博士に、見せてあげなくちゃね! 死に顔をさあ!!」
今度は、首元に足を降ろす蓮實。呼吸を遮断され、レンの顔色がどんどん青くなっていく。
「ググググブクッ!」
「え?! 何だって?」
――ガコン! ガコン!!
「ジジジ、ブブ……」
「何か最後に言いたいのか?」
――ガコン! ガコン!!
蓮實は踏みつけた足の力を緩め、さも心配そうな顔をしてレンに顔を近づけた。息絶え絶えに、レンは言葉を吐き出す。
「頑丈……すぎる……のも……、考え物だ……ね」
「は?!」
――ゴン! ゴン! ゴン!!
すでに薄暗くなり始めたスクラップ場、夕陽に紅く染められた地面の上を丸い影が移動していき、やがて二人の上に重なった。と、同時に、周囲の鉄屑が上空へ引っ張り上げられていく。レンをいたぶることに夢中になっていた彼はようやく、音に気が付いた。
――ガコン! ガコン!!
「な、なんだ? 体が、身体の自由が……うわっ」
クレーンに吊るされた磁石が上から降りてきて蓮實の体に取り付いた。蓮實は鉄屑に混じって吊り上げられる。必死に離れようと藻掻くも、強力な磁力によって蓮實の体は動作不良を起こす。蓮實の体と一体となった鉄屑は、普段と変わらない進路を取ってプレス機の上に移動していく。
「止めろ! 何だこれは! どうして動かない!?」
蓮實の体の中で唯一、鉄で出来ていない頭部だけが自由に動けた。プレス機の上に来た磁石が下降していく。
「あがっ!」
ギリギリまでクレーンで降ろされたところで磁力が切れ、プレス機の穴に鉄屑もろとも落ちて行く。クレーンが横に振られて磁石が離れる。
――ギギギー!
クランクを軋ませながらプレス機の上蓋が降りて来る。
「させるかぁ!!」
蓮實の左腕がプレス機の縁から顔を覗かせる。
――バタン! ゴンゴンゴンゴン……。
しかし、何トンもあるプレス機の分厚い蓋が勢いよく降りてきた。外に出ていた左腕だけが切断されて地面に転がった。
――ゴンゴンゴンゴン、ガラガラガラ……プシュー!!
上蓋が開くと、いつもと変わらぬプレスされた鉄塊がそこにあった。しかし、違う所が一つだけあった。クレーンの磁石で吊り上げられた鉄塊、その隙間から黒い油に混じった赤い血がぼたぼたと流れ落ちてきたのだ……。
「レン!」
真っ先に駆け付けて来たのは本庄刑事だった。レンの状態をみて、慌てて右腕に添え木を巻きつけた。
「こういう時って、ヒロインが一番に来るんじゃないの?」
「悪かったなオッサンで、救急車呼ぶから、それまでジッとしてろ、動くんじゃないぞ」
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なんだよ? 出来る事なら何でもしてやるぞヒーローさんよ」
レンは、本庄の耳元に囁いた。それを聞いた本庄は目を丸くし驚いた表情を見せる。
「それは、お前……」
「正しいことをしたいんだ、本庄さん」
「操ちゃんを悲しませることにならないか?」
「それでも、俺はやらなくちゃならない」
「刑事の俺がヤメロと言ってもか?」
「ゴメン本庄さん。操を頼みます」
二人が話している所へ、クレーンから降りたヴァイス博士が歩いて来た。
「まったく厄介な怪物じゃったわい。レン! 時間はかかるが、蓮實が盗んでった左腕が半分くらいは残っとる。それまでは片腕で我慢せい」
「ごめん。オーパ」
「謝ることはないぞレン。ワシだって、お前を騙して……」
「いいんだよ。そのことについても、蓮實の言った事についても考えた。結局は過去の恨みと憎しみに囚われた俺たちは、自分たちで破滅の道に追い込んでたんだ。だから、俺は今まで生きてきた罪、機械化人間の罪、オーパの罪を贖罪しなくちゃならないんだ」
「なにを言ってるのじゃ?」
「ヴァイスさん」本庄が博士の腕を掴んだ。「あなたを広域強盗の重要容疑者として逮捕します」
博士の両手首に手錠が嵌められた。
「ど、ど、どういうことじゃ? いったいこれは何なんじゃ!?」
「レン君が自首して来たんですよ。横浜での強盗事件とこれまで日本各地で行ってきた強盗をね」
「な、なんじゃと?!」
「オーパ。機械化人間としての俺は死んだんだ。最初は、操と一緒にいるために罪は隠そうと思った。でも、すべてを贖罪してからでないと、胸を張って彼女と付き合えないやって思ったんだ」
「お、お前の青臭い正義感のためにワシを犠牲にするというのか?! いや、お前なりのワシへの復讐か!!」
「そう思うなら、そう思ってもらっても構わない。贖罪することが周りを苦しめる事も分かってる。でも、それでも、操が悲しむだろうけど……」
レンは言葉に詰まり、涙を流した。そこへ遅れて、操と勝利が現れる。
「おい! 勝ったのか?! あのバケモンによ?」
「レン君、大丈夫? って、ひどい怪我! 痛いの?」
涙を流すレンを見て、操はしゃがみ込んで彼の頭を撫でた。
「違うよ操。でも、最後にお願いがあるんだけど」
「何? 何でもするよ!」
「膝枕してほしいな」
「うん……」
「勝利!」
「なんだ? 俺にも何かして欲しいのか?」
「上着を地面に敷け! 操の膝が汚れる」
「お前なぁ!!」
勝利は不平を漏らすも、直ぐに上着を脱いで地面に敷いた。操が膝を着いてレンの頭を載せる。
「うっくっ!」
「大丈夫なの?」
「ちょっとくらい痛くても平気だよ」
「無理しちゃダメだよ」
「あの、左腕また無くなっちゃった」
「右手も怪我してるんでしょ? 退院したらしばらく私が食べさせてあげるよ」
「バイクで海行けなくなっちゃった」
「私が運転覚えるよ! レン君は後ろで掴まって! 片手で落ちそうなら、おんぶ紐で結んであげるから」
「なんか赤ちゃんみたいだな」
「今だって大きな赤ちゃんじゃない」
操は頭を撫でながら、目を細めた。
「水無瀬さんとこも、せっかく雇ってくれるって言ったのに迷惑かけちゃったな」
「何言ってんの! 怪我が治ったらきっと雇ってくれるよ」
「操が作る唐揚げ食べたかったな」
「そんなのいつだって……」
操はふと、周りを見回した。
「本庄さん、なんでレン君のお爺さんに手錠かけてるの?」
「それは……」
本庄は、なんて答えれば良いか言葉に詰まった。
「操、ゴメンね」
「え?」
「ずっと会えなくなる訳じゃ無いよ。本庄さんに聞いたら、刑務所に行くのはオーパだけで、少年法で裁かれるし、首謀者じゃなくて使われてた立場だから」
「いったい何の話よ?」
「俺、少年院に入るんだ」
優しい笑顔で話すレンの瞼から一滴の涙が流れ落ちた。
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