第21話 殺人機械1
夜道を疾走する黒い影、それによってバックミラーに写る後方からのヘッドライトが遮られる。異変に気付いたドライバーがミラーを調整しようと手を伸ばしている間に、車体の右横を音も立てずに追い越して行った幻影。
「ゆ、幽霊?!」
姿を確認する前に、ライトの先、闇の中へとそれは消え去った。同じ道を走っていた車の多くに目撃されたこの事象は、翌日、地元紙に小さく載ることになる。もちろん、一面を飾るのもこの影が大きく関わる出来事なのだが……。
常人では考えられない速度で道路を疾走してきた蓮實軌外。彼の行き着いた先は龍神会の組事務所。今夜、事務所の表には若衆一人しか立っていなかった。
「今夜の襲撃は、何処へ行った?」
「はぁ? 誰だおま……ウガグガァ!!!」
蓮實は若衆の首に手をやり、いったん持ち上げた後、降ろした。
「死ぬか、答えるか?」
「し、知りません! 本当に知りません!! 中の人間に聞いてください!! ヒャア!!」
地面に仰け反る若衆の頭に鋼鉄製の足が踏み降ろされた。蓮實は靴の裏を地面に転がる若衆の上着に擦りつけて拭い、事務所の中へと入っていった。
「なんだ、テメェは!!」
階段を上り、応接室へ入って行くと、居残りの組員8人と奥の席に恰幅のいい初老の男が踏ん反りかえっていた。声を上げた一番前の男に蓮實が訊ねる。
「今日の襲撃は何処に行ってるのかな?」
「はぁ? なんで、答えなきゃなんねぇんだよ!……アガッ!!」
見えないほど速い蹴りが男の鳩尾に当った。崩れ落ちる男の肝臓はすでに破裂している事だろう。蓮實は何事も無かったかのように、他の連中に視線を向ける。
「で、襲撃は何処へ?」
「カチコミだー!! チャカ出せ!!!」
「おらー!!!」
一人がドスを抜いて蓮實に突っ込んでいく。
――ポキッ!
「え?」
右手で刃を掴まれ半分に折られた。蓮實は掴んだ刃の破片をそのまま相手の肩口から首に突き刺した。血を吹き出しながら後ろに倒れるヤクザ。しかし、ヤクザの方も一方的にやられっぱなしではなかった。奥にいた組長が散弾銃を蓮實目掛けて発砲した。
「はっは! このド阿呆が!!」
蓮實は腕を前にしっかり閉じて頭と体を守った。袖が所々破れ、鋼鉄が覗いている。
「……な、なんで?!」
一瞬唖然として、間抜けに口を拡げていた組長だったが、直ぐに気持ちを奮い立たせ、手下どもに怒鳴った。
「お、お前らも撃て!!」
5丁の拳銃から銃弾が雨のように蓮實に撃ち込まれるが状況は変わらなかった。徐々に状況を理解していった組員たちの顔から血の気が引いていった。
「ば、ばけものぉー!!」
今度は顔の前に手をかざして、乱射された銃弾の一部を素手で受け止めた蓮實。弾切れをおこし、逃げようとした組員たちに容赦ない鉄槌が下される。先ずはかざした手で捕まえた銃弾を勢いよく四方にばら撒いた。
「うぎゃっ!」
低くそして高速に放たれた礫は、組員共の脚を容赦なく貫いた。軽く飛びあがった蓮實が床に倒れ込んだ男たちの体に鋼鉄の足で着地していく。蓮實の重さで骨が砕け内臓が破裂し口と鼻からドス黒い血が流れ出て床を染めていった。
部屋中が血の海の中、奥の机に隠れていた男の下へ蓮實が近づいていく。
「た、助けてくれ! 金なら幾らだって払う!!」
組長が土下座をして命乞いをした。
「そういう事は、撃つ前に言わないとダメじゃないか? そうは思わなんかね?」
「ひぃっ! お助けを!!」
「質問の意味が解らないかなぁ?」
「やめ、止めてくれー!!」
蓮實は組長の首を無造作に掴み骨を砕いた。ぞんざいにそれを放り投げると、彼は反対を向いた。
「やぁ、君!」
部屋の反対側の隅に、一人の男が頭を抱えて丸まっていた。蓮實はゆっくりと彼の元へ歩みを進めた。すぐそばまで来ると、男の首根っこを持って猫みたいに持ち上げた。男は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で声を発する。
「あ、あうあうわ……」
「鈴本君だったかな?」
鈴本は蓮實の姿が見えた瞬間に部屋の隅に隠れいた。彼の恐ろしさを身をもって経験していた身として勝ち目は無いことを十分に理解していたのだ。
「車はあるかね。案内してくれるかな?」
「ひい!」
しかし、幸か不幸か、彼は唯一の生き残りとして中華街へ蓮實を案内することに……。
一方、伊勢佐木署の本庄刑事。
「おい! タクシー!」
なんとか一台のタクシーを止めて、乗り込んだ。
「日ノ出町へ向かってくれ!!」
「待つんじゃ!」
「ヴァイスさん?!」
扉を閉める前に、ヴァイス博士が乗り込んで来た。
「赤レンガじゃ! 赤レンガ倉庫に向え!!」
「どういうことですか?」
「組事務所へ仕向けたのは時間稼ぎじゃ! 奴に対抗する武器を取りに赤レンガ倉庫へ向かうのじゃ!」
銀行や官公庁の立ち並ぶ大通りを赤レンガ倉庫向けてタクシーはひた走る。
「教えてください。蓮實は何なんですか?」
「元々の名前は知らぬ。ワシらは実験体53号と呼んでおった。元々共産主義者なのか冤罪で捕まったのか、特高の拷問で半殺しになった検体として送られてきた。両腕、両脚ともに再起不能なほどに滅茶苦茶にされていたが、並の根性ではなかったのじゃろう。奴は、辛うじて生きておったのじゃ」
「政府に盾突く奴らを人体実験の道具にしていたというんですか?」
「もちろんそれだけじゃない。死刑囚や、借金を抱えた人間、売られた子ども、病院に見放された患者。使えるものならなんでも使った」
「なんて
「何とでも言えばいい。じゃがのう、実験体に選ばれた連中は誰もがワシらの処置をしなければ死ぬ、手遅れの連中だったのじゃ。その中でも実験体53号は、本土決戦に向けた最終決戦歩兵先行実験体として訓練と実験を受けていたのじゃ」
「でも直接戦争に関わる実験をしていたのに、なんで、あなたが戦犯を逃れてるんだ?」
「それは、ワシがアメリカと取引して情報を売ったからじゃ」
「なるほど。話を聞けば聞くほど、あなたを軽蔑しますよ」
「ふふっ。あの時は、情報を渡さなければ本土決戦になってたかもしれんと考えてたんじゃよ。あの頃はドイツが負けて、上層部には終戦後の事をどうするか考える連中が少なからず居ったのじゃ。それで、山奥にあった秘密研究所を明け渡すということで話がついた。しかし、アメリカは何を思ったが、秘密研究所のある山奥の村全体を爆撃してきたのじゃ。ワシはちょうど、出張から帰って来る道すがら、爆撃機の飛んできた音を聞いた。村に着いたときには焦土と化していた。レンは辛うじて上に覆いかぶさった母親の下で生きておった。村の唯一の生き残りじゃった。地下研究所も黒焦げになっていて、実験体や研究員の焼けた死体が散乱していたのじゃ。だから、奴が生きておったのは驚きじゃ。地下実験室の外には出たことが無かったのじゃから」
タクシーは橋を渡り、赤レンガ倉庫へと入って行った。ある倉庫の前で止まり、二人はタクシーから降りて中へと入って行く。すると、そこには戦前の古い車が一台あった。本庄は扉を開けて、目を見張った。
「何ですかこれは?」
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