鉛筆の教育学3 学校とシャーペンの歴史 ~高級品から1980年代の普及~ 

 「シャーペン禁止」や鉛筆の濃さなど筆記具のルールに、特に国の規定はないことは前回述べました。教育委員会レベルで基準を明確にしているという事例も聞いたことがありません(もしご存知の方いらしたらコメントで教えていただけると幸いです)。

 決まりや基準は、各学校あるいは学級担任が判断していることがほとんどだと思われます。しかし、第1回で述べたように9割以上の小学校で禁止されているのが現状です。

 決まりが新たに作られるのは、大体、①何か問題が起こったのをきっかけに、今後その問題発生を防ぐために作る、②新しく目的が定められたのをきっかけに、その目的を達成するために作る、の2パターンです(※)。何かを禁ずる決まりは①が多く、きっかけとなった「問題」はその時期の社会全体である程度共有されていることが多いです。ただ、決まりは残っても、きっかけは記録として残らないことが多く、次第にそれを知る人がいなくなるということもよく起こります。

 「シャーペン禁止」の理由としては、鉛筆の優れた点が挙げられることが多いと思います。ただ、その決まりが生まれるに至ったきっかけは、シャーペンが問題視された歴史的経緯も大きな一因です。今回はシャーペンの歴史から、禁止に至ったきっかけを見ていきます。


 シャーペンは日本には1870年代に輸入され、国内でも製造されるようになります。しかし、戦前までは鉛筆のような太い芯を入れるもので、芯を一本ごとに付け替えねばならず、芯のつくりも鉛筆と同じだったので強度も低いものでした。現在のような0.5mmの芯をノック式で押し出す形式は1960年代に広まります。とはいえ、まだシャーペンは金属製であり、高価で洒落たアイテムでした。「昔は高級品で盗まれたから」ということが禁止の理由としてたまに挙げられますが、盗難が禁止のきっかけになった学校があってもおかしくありません。

 1977年に折れにくい芯の製造するための特許が切れ、1980年にはプラスチック製の「100円シャープ」がゼブラ発売されます。各社が安価な商品を展開し、シャーペンの販売本数は急激に増加しました。1990年頃には、予備校の模擬試験の筆記具を調査すると、100人中98人がシャーペンを使っていた(添田1992)ほど、中高生には一般的なものとなりました。


 当初のシャープペンシルは性能により、書写的に不都合な部分が多くて、敬遠されがちという面もありました。しかし、シャーペンの性能が向上してもなお、小学校におけるマイナスイメージは払拭されませんでした。2000年代の教員に対するアンケート(鳥宮・杉崎2005)では、禁止の理由は「折れやすい」が最も多く、「薄い」「字が小さい」といった実際の文字に関する点、「指導法がわからない」「教科書に記載されていない」といった使い方を指導できないという点、「手遊びになる」などが挙げられています。

 ちなみに鳥宮・杉崎(2005)では、「書写」の教科書を発行する会社にシャープペンシル指導を記述しない理由を訪ね、7社が回答しています。「鉛筆の代替えなので、改めて記述する必要がないと判断したから」「文字を書くことの基礎基本の徹底という点からは不適切な用具であるから」「鉛筆と執筆法が異なるので、使用させて混乱することを懸念したから」「シャープペンシルの指導法が明確になっていないから」などが挙がっていました。

 文房具メーカー側も、小学校での普及を見越した商品展開をしたこともありました。パイロット社の「スクール・グリップ」は、理想の筆記角度である60度を保ち、手指の三角形がうまくできるようグリップの太さや形を子どもの手の大きさに合わせて、低・中・高学年用の3種類がある商品で、1995年にグッドデザイン賞を受賞しました。しかし、教育現場の反応は今ひとつに終わり、普及せずに廃盤となりました。


 シャーペンが子どもに普及し始めて40年余り(2021年現在)、シャーペンは学校教育に位置づけられないまま、今なおそれぞれの解釈で禁止とされ続けています。禁止について広く合意形成をせず、合理的な見解を示そうとしてこなかった結果、現在「シャープペンシル禁止」は、「一般的に世の中に対して合理的な説明ができないであろうルール」として、「ブラック校則」の一例に挙げられるものとなりました(2020年国会質問「ブラック校則に関する質問主意書」)。

 シャーペン禁止の理由には、シャーペンの害を強調するものと、鉛筆の利点を強調するものがあります。別に鉛筆も古から学校で使われていたわけではありません。次回は、学校における筆記具の決まりを考える手がかりとして、学校と鉛筆の歴史を見ていきます。


(第4章へつづく)


(※)こうした決まりは「校則」と定められていなくても、学校全体の決まりであり広い意味での「校則」といえる。越智(1994)は、校則を「学校という領域において教師が生徒に対してもつ規範的期待が。教師集団の合意のもとに成文化されたもの」と定義し、「管理的な必要から生じた校則も、教育的な意図でつくられた校則も、その定義のなかに含まれる」としている。


【参考文献】

・越智康詞「校則の社会学的研究」『信州大学教育学部紀要』83、p.47-58、1994年

・廣田義人「日本におけるシャープペンシルの製造と発明・考案 (1960 年代前半まで)」『大阪大学経済学』64(2)、 p.12-31、2014年

・添田晴雄「筆記具の変遷と学習」『近代日本の学校文化誌』p.148-195、思文閣出版、1992年

・鳥宮暁秀・杉崎哲子「シャープペンシル指導の体系化への提言」『静岡大学教育学部研究報告 教科教育学篇』36、p.41-52、2005年

・中谷一馬「ブラック校則に関する質問主意書」令和二年九月十六日提出質問第五号(第202回国会)

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