006.パンドラの器

 ほら、迷い込んだその先に

 長い黒髪の少女が、坊主頭の少年が

 何かを覗いて、かがみ込んでいます

 まだ若いあなたも、彼らの中にあっては年嵩のお兄さんで

 それでいて訳も分からぬままに、あなたは彼らの輪に入ります

 そこは沈黙が舞い踊る不思議な、不思議な空間で

 川の水を並々と汲んできた、風呂桶だけが雄弁です

 彼らが覗いているのは深淵ではなく夜空から盗み取った月で

 風呂桶の中にはぽつんと月が一人で沈んでいます

 あなたは水を求めて、ここに来たものだから

 そっと手を伸ばすけれども、少女の手に弾かれます

 彼らはじっと月を見つめているようで何も見ていなくて

 だからあなたは薄気味悪くなって、ついに風呂桶をがっしりと持ち上げます

 そして、その中の水を


 あっ、


 底が、抜けちゃった

 月も逃げちゃったね

 囚われの月は世界の中に溶けてしまって

 私たちの心の中に、忍び込んでしまったのです

 少年少女の、乱痴気騒ぎが始まって

 あなたは胸に手を置いて心に月が馴染んでいくのを感じたのです




※平成28年9月28日初出

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