第12話

「まあ座って座って!」


 翠さんに中を案内され、樹君と私はイートインスペースに腰掛けた。


 店内はそれほど広くは無いが、少人数ならこの場所に座ることが出来る。


 すると店の奥から颯君と、もう一人の大人の男の人が現れた。


「はじめまして。樹の兄の、柏葉みつるです」


 白いエプロンをした20歳台後半くらいの実さんは何というか、樹君をそのまま大人にした様な落ち着いた雰囲気で、思わず私はドキッとしてしまった。


「はじめまして、木下苺です」


 樹君は私に複雑そうな表情を見せ、

「兄さん、俺によく似てるでしょう、苺…。でも駄目だよ、よそ見しちゃ」

 テーブルの下で私の手を、ぎゅっと握った。


「…………!」


 実さんは樹君と私を微笑ましそうに見つめながら、話し始めた。


「2年前に君が『チョコチョコキャッスル』に来た時、俺達の父親はあの店をたたもうとしていたんだ」



「え?」



 あんなに素敵だったお店を?



「場所が悪かったせいか、客が入らなくてね。体力に自信も無くなっていたし、もう新しい商売をする気力も無くなっていた頃」



 樹君達4人は、私を見た。



「君があの店で、父が一番気合を入れて作っていたガトーショコラを出されて、美味しそうな表情で食べた途端」


 実さんが笑顔になった。






『…美味しい…!!!』







「苺が、泣きそうな顔をして叫んだ瞬間」


 颯君が、ニヤッと笑った。







『どうしてこんなに、フワッフワなんですか?!!』







「ドジおとめちゃんの目から、涙が流れ落ちるのを見た瞬間」


 翠さんが、ふふふと笑った。







『私もこんなに幸せになるお菓子、作ってみたいです!!』









「苺がそのひと皿を食べ終わり、父に向かって叫んだ瞬間」


 樹君が、私に本物の笑顔を見せた。










『元気になっちゃいました!私!!』









「父の心は、息を吹き返した」


 樹君は、お父さんを思い出す様にこう言った。












 私は、樹君達のお父さんが、

 本当に嬉しそう笑ってくれた顔を、

 その時突然、思い出した。











「…あの後、父は病気で亡くなっちゃったけど」


 樹君は少しだけ、表情が陰った。








「あの店は、何とかあの後も続いたよ。今はこの、母が始めた新しい店を、兄弟全員で守ってる」


 実さんは微笑んだ。






「…………!」









「君は、俺達兄弟の恩人なんだよ。苺」













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