第9話 8月7日(後編)プリキュンシンドローム
いざ、映画が始まっても俺の関心はスクリーン上の劇ではなく、隣に座っているサキちゃんに向いていた。
もとより、映画を楽しむ気なんてそうそう無かったけど。
ちらりと横を覗いてみる。
サキちゃんは小さく口を開けてアニメに見入っている。
スクリーンを映す瞳がキラキラと輝いて、俺はむしろそっちの方に見入ってしまう。映画制作陣には申し訳ないが、払った1500円は映画代じゃなくてサキちゃんの横顔代だ。
映画が終わると、真っ暗な場内が薄明るく照らされる。
周りの人達がざわざわと動き出す中、サキちゃんはトロンとした目で呆然としていた。
「どした?」
「映画見終わった後って、なんか体がどこか遠くに行っちゃったみたいになるんだよね。まだ物語の中にいるような気分が抜けないんだ」
気持ちは分かるんだけど、この作品にそこまで感情移入できるんだ……上級者すぎる気が。
いや、俺が無関心なだけなのか。サキちゃんは物語の世界に入り込みやすい性格なのかもしれない。
「せんぱぁ〜い、立たせて下さいよぉ〜」
背もたれに深くもたれかかって手をブラブラと振っている。
放っておいても自分で立てるんだろうな、と思いつつ、サキちゃんの手を握って引き寄せた。
「うわっ! チカラ強っ! さすが男の人」
「サキちゃんが軽すぎるんだよ」
予想外だったのか目を丸くしていた。
実際、サキちゃんが軽かったのもあるけど、これでも一応は男だ。それなりに力はある……はず。
少なくともサキちゃんよりは、ね?
人で溢れかえる通路を歩いていると、既視感が。ま、映画館なんだから当然だよな。人が前を歩いて、早速感想を言い合っていたり、次の予定を決めていたり。
「おにいちゃんもまた来てたんだね!」
聞き覚えのある声。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、つい先日同じ場所で出会った少女が俺を見上げていた。
お母さんも一緒だ。膝を折って目線を合わせると、少女はサキちゃんを一瞥して、
「きょうはカノジョさんもいっしょなの?」
「────なっ!?」
とんだおませさんだなこの子は。チラッと母親の様子を伺うと、あたふたとしていた。これじゃあどっちが大人なのか分からないじゃないか。とりあえず、話題を変えよう。
「君もまた見に来たの?」
「うん! 2回目もまんぞく!」
小さな手を握って食い気味に言う。
『面白かった』ではなく『満足』と感想を述べるところがミソだな。もしかしてこの子、既に面白い作品とつまらない作品の違いを理解しているのかもしれない。
俺が子供の時なんて、ただカッコイイキャラクターが見れさえすれば『面白かった』とまとめていた。
ストーリーなんて、評価基準に入ってなかったのだ。
ひょっとしたらこの子は将来、映画評論家にでもなっているんじゃなかろうか。
「そっちのカノジョさんは?」
おい、そっちに振るな!
サキちゃんは俺と同じようにしゃがんで少女と目線を合わせた。そしてニッコリ笑い、少女の頭を撫でて、
「彼女じゃないよ?」
と、即座に否定した。笑顔が怖いです。青筋を探してしまいそうです。少女はふーん、と鼻を鳴らして、「じゃあ」と切り出した。
「早くおつきあいできるといいね」
「なんで?」
「うしろから見てると、おにあいだったから」
おい、いきなり饒舌になってませんか?
お母様、あなた娘さんに一体どんな教育をしておられるのでしょうか。以前は褒めたけど、今回はそうはいきそうもないですよ。
「こらっ、何言ってるの! もう帰るわよ」
「はーい」
少女の手を引いて逃げるように去っていた母親は去り際に「ごめんなさい」と悔いるように言い残した。
子供の成長ってのは親がコントロールできる代物じゃないなぁ。
「たぶん、映画の見すぎだな」
「かもね。それより宮田センパイ、1度プリキュン見てたの?」
「ああ、うん。別にそういう趣味があるんじゃなくて、ホントに成り行きで」
「成り行きで見るもんかなぁ」
「いやマジだって! ホントにたまたま!」
「アハハッ! 分かった分かった! 必死すぎてキモいって!」
愉快そうに笑われた。いい歳こいた男が1人でプリキュンとかレベル高すぎだもんな。そりゃ笑われるわ。
上機嫌になったサキちゃんは足取り軽く前を歩く。
一時はどうなるかと思ったけど、平穏に過ごせて良かった。
外に出ると真夏の日差しが照りつける。交差点を歩く人の中に陽炎が立つほどだ。
佐山さんの美容院まで送り届ける。
その道中、サキちゃんは急に足を止めて横顔を覗かせた。
もじもじとするその仕草。以前も見たな。
「何か言いたいことでもあるの?」
ビクッと体を跳ねさせたサキちゃんは答えないまま歩き始める。
一定の距離を取りつつ、けれどそれ以上は離れない。結局、話が進まないまま、美容院の前に着いてしまった。
「あ、あのさ……明日ヒマ?」
「ん? 俺はいつもヒマだよ」
今の、自分で言ってて悲しくなるな。
「明日さ、美容院の人達とバーベキューするんだ」
「そうなんだ」
えっ、何? もしかして俺、煽られてる? 『羨ましいかコノヤロー』ってマウントとられてます?
前髪を弄ったり、毛先をクルクルしてみたり、落ち着かない様子のサキちゃんだったが、意を決したように俺を見据えた。
「だから! 明日良ければ一緒にバーベキューしませんか!! …………って、佐山さんが言ってました……」
「誘ってくれてる?」
「佐山さんが」
「迷惑じゃない?」
「佐山さんが」
なぜ、ずっと目を外らすのだろう。
何を言っても「佐山さんが」としか返してくれないし。最後の質問の答えに「佐山さんが」ってどんな返事だよ。
「あっ、もしかして、今日俺を探してたのってバーベキューのお誘いを伝える為?」
「───ちがっ! 自惚れんな! キモチワルイ!」
ムキなって返してくるあたり、近からず遠からずって感じかな。
誘われて悪い気はしないけど、サキちゃんホントに嫌そうだしな。
「サキちゃんが許してくれるなら行こうかな」
「────んなっ!? なんで、そんな意地悪するの?」
今の意地悪になっちゃうんだ……。「絶対来んな!」って面と向かって言えないから意地悪って事か。
だったら、大人しく断っておいた方が良さそうだな。せっかく仕事場のメンバーと羽を伸ばして楽しい時間を過ごすのに、俺は余所者だ。
「やっぱり、やめ」
「────来いよ」
「え?」
「『来い』って言ってんの!」
鬼気迫る表情で迫られ、俺は怯えた子犬のように「……はい」と縮こまった。
おっかねぇ……怒らせちゃダメだって分かってるけど、全然掴めないよ。
「明日16時! ここに来い! 分かったな!」
「はい!」
ビシッと姿勢を正して、返事だけは一級品です。
結局、最後の別れ際で機嫌を損ねてしまったけど、よくよく考えれば、明日もサキちゃんに会えるってことじゃん。なんかツイてるな。
ベッドに横になってスマホの電源を入れる。
今日見たプリキュンの映画の評価をもう一度確認してみたくなった。
やっぱり変わらず『星2』。俺の評価履歴も2になっている。
しかしだ、宮田宗治。今日のプリキュンは一味違ったはずだろう?
「これはサキちゃん補正だ。感謝しろよ、プリキュン」
そう口ずさんで2から4へ、モノクロの星が黄色に灯った。
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