ロクジュウ 少年
「ちっ、訳の分からない事を……!」
突如出現したカズヤに臆する事なく、騎士の一人は背後から彼の背中に剣を突き立てる。
「がっ……はっ……」
骨を砕き、肉を掻き分けて飛び出た剣を、しかしカズヤは痛がる素振りも見せずに片手で握る。止め処なく溢れる血液でぬるぬると滑る剣身に己が手を食い込ませて固定すると、勢いよく後ろに向かって刺した本人もろとも倒れる。
「うおっ!?」
てっきりこれで終わったと思っていた騎士が油断によって尻餅をつき、剣を手放す。中途半端に刺さっていた剣がカズヤと騎士の間に挟まって、より深くカズヤの身体に侵入していく。
鳩尾部分から生えた剣の根元から、噴水の如く空中に血液が飛び散る。どんなに痛みに鈍くなろうとも、結局は痛覚が無くなってしまった訳ではない。痛みに一瞬顔を歪ませたカズヤは、銃を手放すと背後で同様に倒れた騎士の兜を掴むと上向きに引っ張る。
最初こそ抵抗感のあった兜は、しかし騎士の頭から離れる。それをカズヤは放り投げると仰向けになっていた身体を、その腹部から生えた剣先を露わになった男の顔に突き付ける。
「や、やめ……おごっ……」
突き放そうとする男の抵抗も虚しく、大きく開いた口の中にずぶずふと剣が貫いていく。男の頭を抱える様にして、そのカズヤもまた絶命する。
見事なまでの相討ちに、距離を取ってその様子を眺めていた他の騎士達が兜の中で冷や汗を垂らす。
「どこ見てるんだ?」
「……!? ひ、ひぃ!?」
次に生まれたカズヤは丁度別の騎士の真後ろだった。地上に紙吹雪を散らしたから、生まれ返る場所はランダムなのだが、この場所は運が良いと言えるだろう。
振り返った騎士の胸当ての端を掴むと、カズヤは自分の方へと引き寄せる。大の大人一人をそうするのは、普段ならば難しいはずだけれど、完全に不意を突かれた大人ならばその力はさほど大したものではない。引き寄せる勢いのまま、目の部分に空いている隙間に銃口を捻じ込むと、そのまま二回引き金を引いた。
「が、あがっ……」
閉ざされた甲冑の中で銃弾は身体を貫通したのか、ガキンガキンと金属音を立てる。それでも外した訳ではないのだと騎士が力を失って倒れる事で確認したカズヤは、掴んでいた胸当てを放す。
「つ、土魔法『縛絡』!」
「……」
どこからともなく発せられたその詠唱によって、カズヤの足元の地面が蛇の様に迫り上がる。グルグルと脚に巻き付いた土を見下ろした後、カズヤは周囲に目を向けて考える。
自分を囲んでいる騎士の数は十数人程だ。恐らく、そういったグループに小分けして各所から城の防護魔法を攻めているのだろう。メアリーの防護魔法が再び力を取り戻したからと言って、また壊れないとも限らない。いつまでもこの場で足踏みをしていては、いつかは城に侵入されてしまう。
「身体の自由を奪った! 今だ!」
号令によって奮起した騎士達が中心で立ち尽くしていたカズヤに向けて一斉に剣を突き刺していく。何本もの剣の雨がカズヤの頬を貫き、喉を掻っ切って、肺を穿ち、腹を切り裂いた。
間欠泉の如く噴き出る血を浴びながら、騎士達はようやく勝利を確信しようとした瞬間。
「うぎゃ、ああああ!」
どこからともなく発せられた銃声と断末魔に目を見開き視線を移す。そこには、甲冑の隙間を縫うべくして剣が突き刺さった仲間の姿があった。
ドサ、と倒れた仲間の向こう側から、今しがた殺したはずのカズヤが返り血を浴びながらも佇んでいる。ここまできて、騎士達はあの少年が最早ただの魔法使いでない事を悟った。
いや、そもそも人間なのか?
「く、くそ!」
今度は数人が襲い掛かる。前方から来る騎士に対して、カズヤは先ほど刺し殺した男を持ち上げるとそれを盾にして剣撃を防ぐ。
ガキィン、とぶつかり合う金属の金切り声が終わる直前、カズヤは構えていた男の屍を思い切り押し出し、向かってきた別の騎士に当てる。
「う、わぁっ!」
目の前に突然迫ってきた仲間を受け止めて倒れ込んだ様を見逃すはずもなく、カズヤはすぐさま駆け寄り持っていた銃を甲冑の隙間に押し付けて引き金を引く。
狭まった甲冑の中で低く鈍い音を立てながら弾丸は騎士の身体に命中する。
「死ねぇ!」
立ち上がろうとしたカズヤの背後に回り込んだ別の騎士が、そんな叫び声を上げて剣を横に振る。その身はカズヤの首に到達すると、ずぶずぶと肉を掻き分ける。
バツン、と文字通り首の皮一枚繋がって切断された頭をぶら下げながら、カズヤは膝から崩れ落ちる。痙攣しながら地面に伏したカズヤの身体に、切り掛かった男が息つく間もなく────息などしていないが────剣を突き刺す。
何度も何度も何度も何度も何度も。
剣を入れた衝撃なのか、それとも筋肉の反射運動なのかが定かではない程に、騎士がカズヤを刺し続ける。
「一応、これでも僕だって痛いんだよ」
「っ!?」
だが首を切られた時点で絶命していたカズヤは、すぐに生まれ返り、前回の自分を滑稽に突き続けている男の背後でそう呟いた。
その左手には、先ほど殺した騎士が持っていた剣を携えて。
「騎士ならきっちり殺して、すぐに次の僕に対処するべきだろ?」
「な、なん……でっ……!?」
振り返った男の首筋には、既に剣身が降り掛かっていた。疑念など消化される間もなく、数分前に自分がカズヤにそうしたように、男の首が切断される。
血の雨を降らせながら、カズヤは倒れる男を一瞥する事なく、前で固まっている騎士達に視線を移し、口を開く。
「次」
「ヴラド団長!」
城から少し離れた場所に設けた休憩地点で部下の戦いを眺めていたヴラドの元に、一人の騎士が慌てながら近付く。
「どうした。防護魔法はまだ破れないのか?」
「そ、それが……」
言うのを躊躇っている様子の部下に、ヴラドが怪訝な表情をする。先程まで順調に進んでいた魔物の討伐作戦に、ここへ来て支障をきたしたとでも言うのだろうか。
「何だ、言ってみろ」
だが聞かずには判断も出来ない。ヴラドが催促すると、部下はガチャガチャと甲冑を震わせながら口を開いた。
「な、謎の少年が、『吸血族の城』の前に現れて、現在交戦中……既に二十人がやられています」
「なっ……!」
目を見開く。それは、選りすぐりの騎士が二十人殺された事に対してではない。もちろん、それも事実としてはあまりにも受け入れ難い物ではあるけれど、それを上回る単語が部下から発せられていた。
少年。
そう、マグナ・レガメイルが調査に赴いた理由。『魔物の味方をする少年』だ。行方不明となったマグナ・レガメイルの死体を発見した時、その少年が誰であるのかを、ヴラドは知っていた。
というより、ヴラドは少年が生きている姿など見たことはない。マコトとヒヨリが魔女に襲われ掛けていたあの大聖堂の真ん中で、心臓部分を穿たれて死んでいた少年。
「マコト君……君の親友は本当に人間なのか……!?」
信じ難い報告に、これまで点としてあった『少年』の姿が形を持って現れた。マグナ・レガメイルの側に転がっていた無数の少年の死体が、その生身が、あの『吸血族の城』を守る為に戦っているのだとすれば。
何と不気味なものだろうか。
人間が魔物の味方をするなんて、甚だ気味が悪い。ならばきっと、その少年は人間ではないのだろう。
「ヴラド団長……?」
殺気立つヴラドに、部下はおずおずと彼に声を掛ける。
「私が行く」
「え……?」
ヴラドの言葉に、思わず聞き返してしまうが、甲冑の兜を脱いだヴラドの剣幕に慌てて言葉を飲み込んだ。今までで一度すら見た事のない、『砕剣の聖騎士団』統率者の表情。
「私が行き、その少年を、生け捕りにする」
地面に突き刺していた剣の柄を握ったヴラドは、少年────カズヤが居るであろう場所に向けて歩を進めたのだった。
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