ニジュウヨン 宝石

 ニナとオリガを取り囲んでいた人相の悪い盗賊団は漏れなく拘束されていた。まさしく一網打尽と言う感じで、天晴れと拍手すらしたくなる程だった。

 僕は彼らからそれぞれ弾丸を得ることに成功した。全部で三十発程今余裕がある。自分の身を守るという点においても、戦闘をするという点においても有効的な武器だから正直助かった。

 しかもあの頭領曰く、この弾丸には「魔力が込められている」そうだ。人間の魔法使いの防護魔法とやらを破る事すら出来るらしいので、何て重宝なアイテムなんだろうか。

 とにかく、とっぷり夜も更けてしまい、街灯もあるはずのないこの廃墟と化した町は闇に包まれている。僕は拘束されている男達に背を向けると、少し離れた場所で待機していたニナとオリガ、ハクアの元へと急ぐ。

「すぐにこの町から離れよう」

「おい」

「ん? ぐえっ」

 僕が三人にそう言って先行しようとした矢先、オリガが僕の後襟を突如掴み引き止める。それのせいで潰れた蛙の如きみっともない声を上げてしまう。

 咳き込みながら「な、何」と振り返ると、オリガはいつの間にか抜剣した切っ先を拘束されている男達に向けてしかめっ面で口を開く。

「何故始末しない」

「いや、始末って」

 頭領を殺した僕が言える様な立場ではないが、オリガの心情が分からないまでもない。彼女らにとっては人間は敵以外の、仇以外の何者でもないのだ。エレオノーラから家族を奪ったのが直接的にあの男達ではないとしても、やはり憎むべき存在として今すぐにででも斬り殺したいだろう。

 だが、と僕は思う。いや、特に奴らを生かす理由が無いので、斬り殺すのならそうしても良いとは思う。思うけれど、だ。

「他に仲間がいる可能性もある。それに奴らは僕を別の盗賊団に所属していると考えていたらしい。つまり、盗賊団とやらは幾つかあるだろうし、今ここに留まり続けるのは得策じゃあないと思う」

 どちらにせよ、奴らは今ニナの魔法によって土での拘束をされている。ロープだったりではないので、余程の事がない限りはそれが解かれる訳ない。

「……だが」

 と、オリガは食い下がる。そうなる気持ちも勿論理解は出来る。出来るからこそ、強制をするつもりはない。

「もしも、もしも新しい敵が現れた時にこれ以上戦闘するのはやっぱり危険だ。ハクアがさっき攫われた時みたいに、上手く対処出来るとも言い切れない。仇討ちより、僕は皆んなの安全を最優先にしたい」

「……」

 オリガが僕の言葉に押し黙ってしまう。そんなに語気を強めた訳ではないから、気分を悪くしてしまったとは言い難いが、少し言い過ぎただろうか。

「二人に何かあったら、僕はエレオノーラに顔向け出来ないよ」

 ズルい言い方だ、と僕は自嘲した。母と姉を失い、苦渋の決断で我が子を送り出したエレオノーラを引き合いに出してしまうなんて。けれど本心でもあった。僕が居る限りは、二人を守らなくてはという気持ちが僕にはある。

「……それなら出発するのですよ! 一刻も早く『大地の裂け目』に行って、ハクアちゃんを送り届けましょう!」

 しばらく、僕の顔を覗き込んでいたニナが、優しく微笑んで言う。

「……ニナ。ありがとう」

 そんなニナの真っ直ぐな返答に、笑顔に救われた気持ちになった僕は、彼女に礼を口にした。口にして、思わず頭を撫でそうになってしまったが寸前で止まる。

 この子を撫でる資格が、今の僕にあるのだろうか。盗賊とは言え、人間を殺した僕に。

 だから僕は行き場のない右手を握ると、オリガの方を見て彼女の答えも待った。姉第一のオリガにとって、ニナの僕に対する肯定に従わざるを得ない。

「分かった」

 はあ、と胸を撫で下ろす。良かった、不満そうだけれど取り敢えずは賛同してくれたみたいだ。僕はニナの後ろに居たハクアの視線に合わせる様にして腰を屈めると、出来るだけ、可能な限り優しく微笑んで言う。

「ハクア、お父さんの所に連れて行くまでの辛抱だから、もう少し我慢してくれ。……おんぶしようか?」

 やや冗談気味で僕は提案した。もしおんぶしてもらうとしても、ニナやオリガにねだると思っていたし、僕は敬遠されているのではないかと不安に感じていた。

「……うん」

 どうやら、僕はそんなに嫌われていないらしい。

 またおんぶするのは億劫だったが。



「ふむふむ、確かに魔力が込められているのですよ」

 暗い道を歩き、町から出た僕らは『大地の裂け目』なる場所へ目指していた。足を止める事なく、僕はニナに件の弾丸を渡して検分してもらっている。

 背中ではハクアがスヤスヤと眠っているから、あまり大きな声は出せない。だからニナのその言葉は抑えられたものではあったけれだ、確かな感情が入っていた。感心すらしている様だ。

「魔力が込もっていると何か違うのか?」

 あの頭領は防護魔法を砕く、みたいな事を言っていた気がするけれど、それは別にただの弾丸でも出来そうだ。

「大きく違うのですよ」

 と、ニナは首を振る。夜道ですら僅かに光る首飾りもまた揺れる。

「例えば、銃を撃てば炎の弾が出せたりとか、ニナみたいに地形を変形させたりとか出来るのか?」

「いえ、それは無理なのですよ」

 僕の拙い予測にしかし、ニナはあっけらかんと否定した。まあ、別に僕もそこまで魔法を使いたい訳じゃないし、例え使えたとしても覚えるのが面倒臭そうなので寧ろこちらから願い下げだが。

「人間の魔法使いは防護魔法という、透明な球体状の障壁を発動させられるのですよ。剣や石を投擲したとしても、それを壊す事はなかなかに難しいのです」

「なかなか、か」

 つまり殴り続ければ、壊そうと思えば壊せるという意味を含んだ言葉に僕は反応した。けれど、考えてみるとやはり不可能に近いのだろう。何せ魔法使いだって人間だ。いつまでも殴られる程馬鹿ではない。

「けれど、魔力を込めればそれは擬似的な魔法を発動させていると言っても良いのですよ。だから、銃を撃てば防護魔法を破る為の手段として、カズヤさんにとっては有効なのです」

「有効、か。まあ、ただの銃弾とその銃弾に大きな違いがあるのは分かったけれど、じゃあそれ以外で違う点はないのか?」

 今のところ、今まで聞いたニナの話だけだと、僕にはどうしてもその銃弾がただの銃弾とあまり変わらない。炎の弾とまでは言わないが、もっと強力な何かが発動出来ないのだろうか。

「ないのですよ」

「ないのかよ」

 なかったらしい。ニナにとっては大きく相違しているらしいが、ないのなら僕にとってこの銃弾への評価はあまり変化しない。

「でもこの銃弾の魔力、そこまで強い物ではないのですよ」

「強い? まあ、確かに人間が作ったならそんなに強くはなさそうだけれど。でもそれがあれば防護なんちゃらも砕けるんだろ? だったら別に気に留める様な事でもないと思うが」

「いやいや、ちょっとでも魔力を込めたら防護魔法を打ち破れるのなら魔法として弱過ぎるのですよ」

 そんな柔な魔法に自分の身を預けるのですよ。とニナは言った。

「魔力量によって使い手の強弱は決まるのです」

「それはつまり、例えば同じ魔法を使っても魔力量に違いがあったら多い方が勝つ、みたいな感じか?」

「そんな感じなのです。同じ魔法でも、魔力を込めれば込める程威力も強まるのですし」

 仕組みが分かりづらい様で何という単純さ。ストックの量で相互関係が変容してしまうとは、魔法って実力主義の体現みたいな存在だ。

「だから、ニナがこの銃弾にニナの魔力をありったけ込めれば……」

 ニナがそう言いながら僕から受け取った弾丸を胸に近付けて両手の指を交差させて包み込む。ふわ、と風がそよぎ、ニナを中心にその胸へと集まって行く。

 緑色の美しい首飾りがほんのりと輝いている。

『魔法は祈り』

 オリガから聞いた言葉を思い出した。だって今のニナは、どうしようもなく綺麗で本当に祈っている様に感じたからだ。

「はい、なのですよ」

 見入っていた僕は、ニナにそう声を掛けられてハッと我に返る。乾いた眼球を潤す為に瞬きをしながらニナの方を見ると、彼女は握っていた弾丸を僕の前に出した。

 光ってはいなかった。代わり映えのない、相変わらずの鉛玉ではあったものの、けれど僕にはそれがとても綺麗な宝石の様に思えた。

 人を殺せる、綺麗な宝石に。

「……ありがとう」

 僕はその弾丸を受け取った。ポケットに無造作に入れて、背中のハクアの位置を調整する。

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