第4話 我儘な婚約者って私かしら?

 この国において、小さい頃の婚約は青年期になれば解消されたり、破棄されたりすることはままある事だ。

 もちろん貴族同士の結びつきはそれなりに尊重されるが、自由に恋愛を育み、身分を越えて結婚する事も許容されつつある。

 つまり、婚約者が居ようと、王族に近づけば地位を得られる可能性はある、という事だ。

 王族に親しく付き合えるのは貴族などのわずかな特権階級の者達のみではあるが、一般の者がそう画策する事自体は咎められる事ではない。

 実際、貴族が爵位を持たない者と婚姻を結ぶことは、無欲、純愛のイメージとして受け入れられ、市井では大人気だ。

 経済事情の厳しい貴族にとっては懐を潤すチャンスでもあり、一部の純血主義は眉を顰めるものの、大っぴらに異を唱える者はいない。


 自由恋愛でカール王子との結婚を目指す美少女、アメリアさんの実家は豪商で、年度も後半に差し掛かった頃に、多額の寄付金を納めて入学してきた。

 大変珍しい事ではあるが、カール王子によってならされた学園の風紀は、緩むことも混乱もなく粛粛と続いている。

 しかしながら、アメリアさんが入学して三ヶ月、彼女の目に私とカール王子の関係がどう映ったかは分からない。

 どういう趣向か図りかねるが、アメリアさんは私がカール王子と話しているときに幾度も通りかかっている。

 ごく表面的に場面を切り取って見れば、私の破廉恥な我儘をカール王子が叶えているように見えなくも……不本意ながら、そう見えてもおかしくない。


『カール王子、私に靴を履かせて下さらない?』

 これは、カール王子が私に靴を履かせたいのだ、と強請ねだった時に私が発した、いや、言わされた?――寧ろ、強要された、恥ずかしい台詞だ。


 カール王子は前置として、偶然、窃盗団のアジトを見つけて、どうやら次に押し入るのは、神殿の供物を取り扱う店らしい、という秘密を私に打ち明けてきた。

 奇しくも王都で祭りが行われる数日前であった。

 この時期、神殿の供物として高価な織物や金細工が供えられる。それが盗まれたとなれば、大騒ぎになる。

 祭りの混乱や損失を考えて、否やと答えることが出来ようか。

 

 アメリアさんは、カール王子が「仕方がありませんね」なんて、うそぶきながら、いそいそと私の足元に膝をつく様を、憎々しそうに睨んでいたので、大層な誤解をしていたことだろう。


 私がどれほどの羞恥のなかでそれを口にしているか、長くこの学園に居る者は、教師でさえ、気の毒なことだと思って、見ぬ振り、聞かぬ振りをしてくれる。

 最近は生徒達もカール王子の奇行に耐性がついたのか、私が右往左往していても生暖かく見守るばかりだ。

 もっとも、カール王子の御身に限らず、婚約者である私に対する噂や悪口など言おうものなら、朝夕のうちに惨い制裁を加えられるという恐ろしい噂がまことしやかに流れているせいで、私と王子については噂すら流れない。

 学園はカール王子にとって、私に狼藉ろうぜきの限りを尽くすのに都合の良い遊び場となっていた。

 そこそこ喧しいアロイス王子は既に卒業しているし、宰相である父は学内には干渉する暇がない。


 私の被害はさて置き、学園に限らず、国家を挙げて誰もがカール王子の愚行に目をつぶるのは、私との馬鹿馬鹿しいやり取りの後に、カール王子が必ず戦果をあげてくるからに他ならない。


 カール王子が私に「ご褒美」を貰うために成した破壊活動やロビー活動は数えきれないほどになっていた。

 その殆どは国益に反していない。

 父が後始末やら口封じやらを請け負いつつ、がっぽりと国益に繋げているので、カール王子のやらかした事が必要以上に大きく伝わることもない。

 治安維持に力を入れている、見目麗しき切れ者の第二王子というのが城下での評判だ。


 アメリアさんは私とカール王子の情報の流れない中で、私を「親の決めた我儘な婚約者」であると断じ、私とカール王子の関係になら介入できると踏んだのであろう。

 アメリアさんは、がっちりとカール王子に張り付くようになった。


 まずは、カール王子にまとわりつき、友人のように振る舞いはじめた。

 カール王子は私に関する奇行を除けば王子として瑕疵かしは無い。

 誰とでも穏やかに話をするし、社交性もある。

 権力に興味が無いので、相手が無礼な口をきいても、敬意を欠いた行動をしようとも気にもとめない。

 それを良しとして、アメリアさんは、王子をカールと呼び捨てにして、昼食を共に食べ、手作りの菓子を振る舞う。

 王族に対して不敬かどうかは本人が気にしていないので、この際不問とするが、婚約者がいることを知りながらこの調子なのだから、中々に本気だ。


 彼女がカール王子に向ける視線は熱を帯びている。

 いくらかでも私が接触しようものなら、火花を散らして襲いかかってくるだろう。そのくらいの熱量は感じられた。

 まぁ、その熱にカール王子が溶かされるのなら、それも仕方ないのもしれない。

 私は、なるべく二人を避けて生活するように努めていた。


 せっかく、触れず障らずで過ごしていたのに、アメリアさんによる私に対するネガティブキャンペーンが始まったのは、

「私が平民だから、カールと一緒に居ることが疎ましいようなの……」

 と、アメリアさんが、淑女にしてはなかなかに大きな声で独り言を言っているのを聞いた後のことだ。

 

 私がアメリアさんに何かしたと暗に示すため、カール王子のいる所で私に怯える様を披露することからキャンペーンは始まる。

 そもそも、クラスも遠いのに、頻繁に私の周りにやって来ることを歯がゆく思わずにはいられない。


「テレジアがどうかしたの?」


 私の顔を見るなりカタカタと震え、カール王子の影に入るアメリアさんの様子に、カール王子が尋ねると、

「なんでもないわ。きっと私が何か無作法なことをしてしまったの……」

 目を潤ませてカール王子の服の端をきゅっと掴み、見上げて健気に笑う。

 愛らしい顔を向けられて、カール王子はどんな心持ちでそれを見ているのだろうか。

 カール王子とて、健康な青年であるわけで、媚態に流されて、ということがあってもおかしくない。


 まぁ、普通は。


 普通ではないカール王子は、アメリアさんの肩口に手を置き、それ以上近づけさせないように間をとりつつ、アメリアさんが俯いているのをいいことに、痛いくらいに私に視線を寄越す。


 見ないように視線を逸らしていたのに、執拗に視線を寄越すから、仕方なくカール王子を見ると、精悍に引き締めていた口許が緩み、ドロドロに溶けた笑みを私に寄越す。

『妬、い、た?』

 と口をパクパク動かして聞いてくるので、ため息と共に緩く首を振り否定する。

 べそべそとアメリアさんがやっている間に、今度は

『お、菓、子、届、い、て、る』

 などと、パクパク口を動かす。


 カフェテリアを通して発注しておいた菓子が届いたようだ。

 午後のお茶に頂くとしよう。

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