第41話 謁見
紅い絨毯の敷かれた通路の両脇に、
何とも言えない緊張感が漂う中、俺はガーランドさんの後ろに続いて、
絨毯は正面の高台へと続いている。
王座の近くに、側近の騎士と獅子頭の獣人が立っていた。
そして、燃え盛る炎をモチーフにした王座には、頬杖を付きながら俺達を悠然と見下ろす黒髪の王がいる。
あれが……レグルス王……?
肩までの美しい黒髪と黒曜石のような瞳、肌色は白く、見た限りでは女性にしか見えない……。ガーランドさんが言っていたのはこの事なのだろうか?
それよりも、気になるのはあの獣人だ。
なぜか、クロネを睨んでいるように見えるが……。
俺達は片膝を付き、頭を下げた。
「
王より一段下の階段に立つ衛兵が声を張った。
「よろしい、面をあげよ……」
王が言った二度目の言葉で、俺達は顔を上げる。
それにしても、やはり獅子頭の獣人はクロネを凝視している。
いったい……どうしたんだろう? 同じ獣人として何かあるのか?
不思議に思ってクロネを見ると、露骨に顔を背けていた。
……違和感を感じる。
勝ち気なクロネが、こんな態度を取るだろうか。
睨み返すことはあっても、目を逸らすなんて考えられないが……。
「さて、私は堅苦しいのは苦手だ、用件を述べよ」
王が頬杖をついたままで言った。
細いが良く通る声だ。
ガーランドさんが俺に目配せをする。
俺は小さく頷き、下腹に力を入れた。
「陛下、お目通しいただき感謝いたします。私は冒険者を生業としております、クラインと申します」
――よし、声は通っている。
「本日、陛下にお願いがあって参りました」
願いと聞いて、王の顔が曇った。
しまった……言葉を間違えたか? しかし、もう後には引けない。
ならば、時間を掛けず、一気に本題に入るべきか――。
「実は陛下に『経済的中立都市』の後ろ盾となっていただきたいのです」
「ほぅ……」
王が頬杖を外し、俺の目を覗き込む。
よし、興味を引けたかと思ったその瞬間、全身に鳥肌が立った。
な、なんだ、この瞳は……ま、まるで、頭の中を掻き回されているようだ……。
「どうした? 詳しく申してみよ」
王の一声で、ハッと我に返る。
「はっ……はい、失礼しました。エイワス王国とレグルス皇国に挟まれた広大な森、そこに私どもは、冒険者や旅の者達の為に街を造ろうと考えております」
「街を?」
「はい、あの地に中継地点ができれば、両国の交易もますます盛んになるでしょう。レグルス皇国にとっても有益だと考えます」
「……しかし、あの地は開発が難しいと聞いておる。深層域にはエルフも住んでいるし、ダンジョンも多い、それに人はどうする? その地に根付く者がおらねば街とは言えんだろう?」
「その点は問題ありません。森には既にたくさんの獣人が住んでおりますし、エイワスの商人達もやる気になっております。それに、交易が始まれば、おのずと人が集まってくるでしょう」
王は数秒の沈黙の後、
「経済的中立都市……その方、何を持ってこのような名称を付けた?」
感情を見せること無く、質問を投げかけてきた。
「都合の良い名称と思われるかも知れません。ですが、これは私どもが目指す未来図を表しております」
「……ゆくゆくは、レグルスもエイワスも関係ないと言いたいのか?」
サッと血の気が引く。
「い、いえ! 決してそういうわけではありません! 両国と友好を結びたいということです。そして、経済的に対等な関係を持てればという意味でもあります」
自分の言葉に対しての認識の甘さを悔やんだ。
この場ではたった一言が、この先の運命を変えてしまう。
そう思うと思考が乱れ、何か上手く言おうとすればするほど言葉が続かない。
「中立というものは難しいものよ。あちらを立てればこちらは立たぬ、両者から対等の扱いを受けるには、敵対するよりも遙かに『力』を持っていなければならぬ。そなたにはその『力』を得る当てがあると言うことか?」
王の長く美しい黒髪が、まるで蛇の如く俺の首に巻き付いているようだった。
生きた心地がしない……。
この王は……この短い会話の中で、俺達に何かがあると勘付いている。
だが、流石にミスリル鉱脈のことはまだ話せない。
「じ、実は、森の開発にあたり、エルフ族の手を借りることになっております……」
――通るか?
上手く興味を持ってくれればいいが……。
「エルフを? むぅ……深層域からエルフが出てくるとは思えんが……」
「協力者であるリスロン・ダイトという者がおります。その者は、古くからエルフ族に伝手があるそうでして……」
「リスロン・ダイト? 栗鼠王か⁉」
王が一瞬だが驚きを表に出した。
栗鼠王……?
え、リスロンさんって王なの?
俺が考えていると、王はすぐに話を続けた。
「――いや、忘れてくれ。そうか、話はわかった。だが、なぜ私なのだ? 後ろ盾ならエイワス王でも良かろう?」
「それは……、陛下は、いえ、レグルス皇国は獣人を差別いたしません。恥ずかしながら、エイワス王国では一部そのような風潮が見られます。故に、人と獣人が共存する街を造るには、レグルス皇帝で在らせられる陛下のお力を賜りたいのです」
「まあ……及第点といったところか」と王は呟く。
「クラインとやら、仮にこの私が後ろ盾になったとして……、エイワスが大人しくしていると思うか?」
問いかける王からは、既に話を畳もうとする気配が見えていた。
ならば、敢えて当たり障りのない返しで――。
「私は……両国にメリットがある話だと考えております。エイワスもレグルス皇国相手に無理は通さぬはずかと」
王の目が鋭く輝いた。
恐らく次の質問が本命だ。
「それは状況によるであろうな。その街に旨味があればあるほど、相手は何としてでも手に入れようとする。だが、それは我がレグルス皇国も同じだと思うが?」
生唾を呑みこむのでさえ
正直、正解はわからない。
だが、ここで時間をかければ、どんな秀逸な返しをしたとしても『下』。
反射的に出る答えだからこそ、本心と受け止めてもらえるはずだ。
「どうせ奪われるなら、レグルスを選びます」
俺はさらっと含みを持たさず、肩を竦めた。
そうだ、これが俺の本心だ。
取り繕っても仕方が無い。
「ふ、くっくっく……その言葉、忘れるな?」
「は、はい!」
初めて笑う王を見た。
何とか機嫌は損ねずに済んだようだ。
王は、仁王立ちの獅子頭の獣人に、
「ピグマ、この者達の話を聞いてやれ」と言った後、
「――三年だ。三年に限り、レグルスの名を使うことを許す」と鷹揚に告げた。
「あ、ありがとうございます、陛下!」
俺達は一斉に頭を下げた。
「よい、礼よりも吉報を持て。では、これを持って終了とする」
王は颯爽と席を立ち、衛兵と共に奥の間に消えていった。
三年か……、長いようで短い。
しかも、あの王の様子からすると、何の利も生まずに三年も待ってくれるとは思えない。この辺はリスロンさんと相談する必要があるな……。
ふと見ると、ピグマと呼ばれた獣人はまだクロネを見続けていた。
何だろう? 恋……?
そんなわけないか。
どうしよう、こっちから話しかけるべきなのか、それとも……。
悩んでいると、ピグマさんが口を開いた。
「……クロネ! 貴様、ここで何をしている?」
「「え?」」
俺とリターナ、ガーランドさんも目を丸くしてクロネを見た。
クロネは少し頬を赤くして、
「う、うっさいな! 関係ないでしょ!」と子供のように声を荒げた。
「ク、クロネ……さん?」
すると、ピグマさんが高台から飛び降り、クロネの前に立った。
ち、近くで見ると、でけぇ……とんでもない威圧感だ。
「クロネ……、貴様、性根が直っとらんではないか!
ワ、ワークアウトって……トレーニングじゃあるまいし。
ってか、クロネのパパさんじゃないか⁉ しかも、レグルス王付?
「あんたには関係ないでしょ!」
「あんたとは何だ! パパと呼びなさい、パパと!」
「誰がパパよ! 気色悪い、もー恥ずかしいからやめてよね!」
「ぐぬぬぬぬ……ん? 少し腕を上げたか?」
ピグマさんはクロネの周りをぐるぐる回りながら言った。
「ま、まあね。あの時に比べれば三倍近く強くなってるけど……」
と、ちょっと誇らしげなクロネ。
「ほぉー、そうかそうか、ならば奴隷の件は不問にしてやろう」
ピグマさんはうんうんと頷いた後、くるっと俺に向き直った。
「さて……クラインと言ったな、貴様はウチの娘とどういう関係だ?」
「は、はい! あー、えー、その、クロネ……さんとは、同じ奴隷仲間と言いますか、あ、元奴隷仲間っていうか……仲良くさせていただいてます、はい」
「仲良く……だと⁉ まさか、クロネにあんなことやこんなことを……」
全身の毛を逆立て、鬼のような形相になるピグマさん。
金色の瞳がギラーンと輝きを放ち、丸太のような腕がさらにパンパンに膨れ上がった。
「ひ、ひぃ……!」
俺は後ずさりしながら、両手を向け、「ちょ、ちょっと待って……」と命乞いをした。
その時、ドン! と、鈍い音が響いた。
「ちょっと、何してんのよ! クラインは私の命の恩人なの!」
クロネがピグマさんのボディに一発入れていた。
「ん? そうなのか⁉ こ、こりゃすまん! まさか、命の恩人などと思いもせんかったもんでな……」
ピグマさんは頭を掻きながら、俺に謝る。
ちなみに、ボディは全く効いていないようだった。
「改めて、わしはピグマ・バラシオン、王付の
「クラインと申します、よろしくお願いします」
まさかクロネの父親がレグルスの要人とはな。
もっと早く言ってよ……。
軽く握手を交わすと、ピグマさんはリターナとガーランドさんとも握手を交わした。
「では、私の部屋で話を聞こう」
「あ、はい」
俺達はピグマさんの後に続いた。
「ごめんね、言い出せなかったの」と、クロネが俺にそっと耳打ちした。
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