第4話 天使はばかでした
「やあ!!」
トリンが剣を振りかぶり飛びかかってきた。速い。体が小さいのも相まって、軽々とした身のこなしをする。
「ぎゃーーーー」
本物の剣で斬りかかられたことのある女子高校生はいったい何人いるだろうか。前のエステルのおかげで難なく身を翻し避けられるが、恐怖心はどうにもならない。そもそもこの決闘の勝利条件を聞いていない。相手が気絶するまでだろうか。ゼオライトが審判をしてくれているとはいえ、彼はちゃんと勝負が付いた時に試合を止めてくれるだろうか?
今までの口ぶりからエステルを危険にさらすようなことはしないとは思うが、この小さな少女、トリンは手加減などする様子もない。
「ふん! 避けてばっかじゃない! いっつも決闘を申し込んでもトリンなんか相手にしなくて、初めて会ったときの試合以来戦ってなかったけど、きっと負けるのが怖かったのね! 今日こそ!」
トリンの激しい連撃が続く。右から左から、上から下から、あの細い腕のどこからこんな重い攻撃が出せるのか、力強く剣を振るう。
「ちょっと! そんなこと今私に言われても身に覚えがないんですけど! トリンちゃん見た目によらず‥‥強い!!」
「あ! またトリンをばかにした!! ゆるさないーー」
トリンの剣が更に加速する。さすがにさばき返すのもしんどくなってきた。
(ううー、こわいこわいこわい! 怪我するのも嫌だし気絶するのも嫌! もちろん死ぬなんてのはもっと嫌! 生きて元の世界に帰るんだ)
このままやられっぱなしではいずれ負ける。私はトリンが斬りかかってきた剣をはじいて自分の剣を切り返し、トリンに向けて一撃を放った。
「きゃあ! えすてるさん、やっと本気を出したんですか? なかなかやりますね! でも負けない!」
私が攻撃を仕掛けてから形勢が逆転した。トリンが押されている。前のエステルの力が九割だが、魔族ナンバー2の相手にここまで実力差があるとは、やはり天才だったみたいだ。
(むむむむむ! トリンぴんち! このままじゃ負けちゃう! ぜおさまに一番だって認めてもらえなくなっちゃう! どうしよう‥‥。
あ、そうだ! こんなこともあろうかとさっきポケットに仕込んでおいたナメクジ! えすてるさんの唯一の弱点! 見たこともないくらいねちょねちょした気持ち悪いのをたくさん仕込んでおいたんだ~。
ぷぷぷぷぷ。これをえすてるさんの顔にくっつけちゃったらえすてるさん驚いてびっくりしちゃうかもしれない‥トリンがその隙を突いたら勝っちゃうかもしれない‥ぜおさまがトリンをなでなでしてくれるかもしれない‥。よし! かんぺき! これだぁ!)
トリンがポケットの中に手を入れた。しかしお目当てのものはポケットにはなかった。
「あれ!? なんで!? トリン、とっておきのナメクジを入れておいたのに!!」
「ナメクジ!? 急に何言ってるのよトリンちゃん! それよりそろそろ決着つけちゃうわよ。痛くはしないからね!」
トリンは焦って戦いどころじゃなくなっている。これは勝てる。
私が剣を振りかぶった瞬間‥‥
「ちょっと待って! 背中が! くすぐったい! まさか‥‥きゃあああああああ! ナメクジがトリンの服の中に入ってきたああ! ねちょねちょするーきもちわるいー!」
トリンは剣も放り出して騒ぎ出した。
「やだやだやだやだー! とってーーーー! たすけてーーーー! おなかにもまわってきたのーー! ちょっとだけ触るなら大丈夫だったけど‥体はむりぃ!!」
私もゼオライトも唖然としてしまった。どうしてナメクジが‥‥?
「トリンちゃん、どうしてナメクジなんかが戦闘中に服の中に入ってきたの‥?」
「えすてるさんの嫌いなナメクジを使ったら勝てると思ってポケットの中に沢山入れておいたのーーーー。ごめんなさいーーーー。びええええええん」
(‥‥この子はバカなのか‥? 袋に入れるわけでもなく、ポケットの中に入れられた生物がジッとしているわけがないだろう。それに今の私は別にナメクジが嫌いではない。実は虫類は別にイケる系JKなのだ。‥‥えっへん)
「じゃあ‥‥トリンちゃん、この勝負は私の勝ちでいい?」
「いいよーーー! 別にいいから‥‥早くとってーーーー! もうむりーー!」
別に勝ちにこだわっていた訳ではないが、一度も負けたことがないらしいこのエステルの経歴に傷を付けるのがためらわれたのだ。異世界に来てまだ二日目ではあるが、この体に助けられたのは事実である。トリンちゃんには悪いが、ナンバー1の座はまだエステルであるということにしておいてもらおう。
私はナメクジを取ろうと彼女の服に手をかけた。
「‥‥あ。ゼオはむこうを向いていてください。」
「なぜだ?」
「女の子だからに決まってるでしょ! 服をめくるからゼオはむこうを向いてて!!」
「お前またゼオって呼ぶ‥‥。ゼオ様と呼べとあれほど‥」
「いいから!!向かないとこのナメクジ投げつけるわよ!」
「びえええええええんはやく取ってーーーー」
「くっくっく、良い度胸だな。仕方ない向いてやろう。ふむ。こういう時男は見ないものなのか。知らなかった」
(こいつ頭沸いてるのか‥?それとも異世界だとこれが常識‥‥?)
ゼオライトがやっとむこうを向いたので私は服をめくってナメクジを取ってやった。‥‥まあ、とんでもない量のナメクジがトリンの体をはいずり回っていた。ナメクジが得意でもないのに、よくこれだけの量をポケットににつめこめたものだ。
そうしてこの決闘は私の勝利で幕を閉じた。
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