ある日とつぜん黒魔王の右腕になったのでクビにしてもらってもいいですか
なーこつ
プロローグ
――――――い、おい! エステル!
冷たく湿った床。鼻につく鉄のような臭い。不協和音のように響く叫び声。これは‥‥人間の悲鳴?
「なにぼさっと寝てるんだ! お前らしくもない、あんな雑魚人間の帰神〈きしん〉に吹き飛ばされるなんて‥‥」
黒髪に、青い目の、整った顔の男がさっきから何か私に向かって叫んでいる。
(ん? この人誰だ?てかちょーイケメンじゃん。いや違う、今はそんな場合じゃなくてだな‥‥)
なぜか地面に寝ていた私は体を起こして辺りを見回した。大勢の兵士と‥‥悪魔? のようなものが剣を交えて戦っている。悪魔のようなものは、大きな角にしっぽ、それに赤い目をしている。よく見るとさっきの男も同じような格好をしている。―――目の色は違うが。
「え、すみません。これって何かの撮影ですか? 私寝ちゃってたみたいで‥。それにしてもこの生首なんて、よくできてますねー。まるで本物の死体みたい!」
男は怪訝そうな顔をして言った。
「サツエイ? 何言ってんだお前。さては頭ぶったな。それにその首はさっき自分で人間を殺して落としたやつじゃないか」
(さっき人間を殺して‥‥?)
作られた首だと思って触った手が赤い。よく見ると私のまわり一面赤かった。私はもう一度その地面に転がったモノを見た。
目。目が合った。赤黒く血走った目は今にも飛び出そうでこちらを‥‥睨んでいた。
臭い。臭い。臭い。臭い。臭い。くさいくさいくさいくさい!
さっきまでは微かにしか分からなかったこの鉄のにおいが急にむせ返るほど臭う。いやな予感がした。
(――これは本物の血? これは‥‥本物の死体?)
次の瞬間、男が私の体を蹴飛ばした。
「――――っっ!!」
痛くは‥‥ない。受け身をとれず更に血まみれになったが、私は慌てて男の方を振り返った。
男は私のいた場所に立っていた。手には血まみれの‥‥生首。地面にはきっとさっきまでその首と繋がっていたであろう人間の胴体のようなモノ。
「おいおい、エステルお前マジでどうしたんだ? 今俺が助けなきゃ死んでたぜ? 人間ごときに殺されそうになってんじゃねぇよ」
声が出なかった。ただただ目の前が赤くて、赤くて、赤くて――――綺麗だった。
恐怖がこみ上げると同時に今まで見たこともないこの残酷なまでの赤に見惚れた。
「まあいい。この戦いももうすぐ終わるからな。俺のこの――帰神で」
そう言うと彼は生首を地面に捨て、もう片方の手に持っていた槍を空に掲げた。
『 帰神! 厳格なる契りのもと 俺に力を貸せ
一瞬目の前に電撃が走ったようだった。いや実際走っていた。大きな爆発音と共に、空から雷が男に向かって落ちたと思ったら、次々と周りにいた人間の兵士たちを雷で焼き殺していった。死に際の叫び声を上げるまでの時間も与えない一瞬。一瞬で辺りは焼け野原になった。
雷が収まり静かになった。誰が上げたのか、人間の声でないのはわかる野太い声を皮切りにして、悪魔たちが次々と歓声を上げた。
私はその場に座り込んで動けなかった。
悪魔がこちらを向いて美しく笑った。
「さあ帰ろうか。俺の右腕よ。」
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