3
城の前は想像以上の人でごった返していた。
数日前までは良く見慣れた場所だった通用門の前。
エミリアがあたりを見回していると、本当によく見慣れた人物がこちらへ向かって手を振りながらやってくる。
「エミリア! フィオナ!」
「ランドルフ様!」
エミリアは笑顔で駆けだした。
「やあ。今日の受験者の中にアウレディオの名前があったから、もしかしてと思ったんだが……どうやら受験するのは本人にまちがいないようだな」
ランドルフは軽く手を上げてエミリアとフィオナに挨拶し、それから初対面のアルフレッドへ目を向けた。
「そちらは?」
「私も今日の試験に挑戦します。アルフレッド・マルレヴと申します。よろしくお願いいたします」
きりりとした表情と堂々たる体躯。
いかにも腕が立ちそうなアルフレッドを、好ましそうな目で見るランドルフの様子が、エミリアは嬉しかった。
「そうか。ではこちらに……エミリアとフィオナ、それからそちらのご婦人は、またのちほどお会いいたしましょう」
爽やかに微笑んで去っていくランドルフと、アルフレッドの背中を見送り、人ごみへと改めて目を向けたエミリアは、すぐにその中に淡い金髪を見つけた。
(ディオ!)
離れていても、これほど大人数の中でも、どうしてエミリアはすぐにアウレディオの姿を見つけることができるのだろう。
理由はエミリア自身にもわからない。
それはもう、どうしてもそうなんだとしか理解しようがない。
気づくはずもないと思った遥かな距離。
しかしアウレディオのほうも、迷うことなく真っ直ぐにエミリアをふり返る。
よく晴れた日の空の色に似た蒼い瞳が、確かにエミリアの姿を捉えた。
「ディオ!」
喜び勇んで手を上げたエミリアから、しかし次の瞬間、アウレディオは視線を逸らした。
そのまま二、三歩前進し、人ごみに呑まれて見えなくなっていく。
「え……」
エミリアは意味のなくなった手を力なく下ろし、反対の手と掌を合わせてぎゅっと握りしめた。
(なんで……?)
歯を食いしばって必死に我慢していないと、涙が溢れてきそうだった。
「どうしたのエミリア? どこにアウレディオがいた?」
フィオナが問いかけてきたが、エミリアは歪んだ表情を見られることが嫌で深く俯いた。
「ううん。見まちがいだったみたい……」
力なく答えるのがせいいっぱいだった。
「ふーん……じゃあ、もっと近くへ行く?」
「うん」
おそらく納得していないだろうフィオナとアマンダ婦人のうしろをついて、痛む胸を気にしないようにしながら歩いていくのがやっとだった。
城のあちらこちらに特設で設けられた試合場で、騎士団の入団試験に臨む男たちの戦いは同時におこなわれた。
勝ち抜け式で、勝った者と買った者が次に戦い、どんどんその人数は少なくなっていく。
昼前には、かなりの人数に絞られていた。
「どうやら決勝は、リンデンの貴公子と、よそから来たっていう見慣れないいい男が戦うらしいぜ」
何もしないでも自然にもたらされる情報――噂話によって、エミリアは模擬試合の決勝戦が、アウレディオとアルフレッドでおこなわれるらしいことを知った。
そこに至るまでの大活躍で、アルフレッドの騎士団入団は誰の目から見てもほぼ確定的とはいえ、やはりせっかくならば最後は勝ってしめ括りたいだろう。
それを応援したい気持ちはエミリアにもおおいにある。
しかし――。
「ふーん。二人ともやるもんじゃない」
淡々と感想を述べるフィオナに、アマンダ夫人は困った顔を向ける。
「これはどっちを応援したのものかねえ。一躍時の人となったアルフレッドかい? それともやっぱりリンデンの貴公子アウレディオかい? うーん迷うねえ」
アマンダ婦人の悩みは、そのままエミリアの心だった。
試合が終わるたびにわざわざ報告にやってくるアルフレッドに関しては、もう私設応援団のような気持ちでいる。アウレディオについてもそれは同様なのだが、彼は昼食の時間にも、エミリアたちのところへは近づかなかった。
『一緒に行こうって誘ったんだが、用事があるとか言っていなくなったんだよな』
『そう。じゃあ仕方ないわね』
『残念だねぇ』
アルフレッドもフィオナもアマンダ婦人も、あまり気にしている様子ではなかったが、エミリアは気になって気になって仕方がなかった。
なぜなら朝から一度として、アウレディオがエミリアと視線をあわせようとしないのである。
いつもはどこにいても、口以上にあの大きな瞳で、エミリアに話しかけてくるアウレディオが、今日は目をあわせようともしない。
(どうして? 何で? 私……何かした?)
気になって仕方がないが、その訳を尋ねることもできない。
顔を見てくれないのだ。
(こっち向いてよ、ディオ)
こっそりと願う気持ちはまるで片思いのようで、切なくて苦しくて泣きたくなる。
(こっち向いて)
今まで当たり前のように向けられていた視線がなくなるということが、自分にとってどれほど辛いことなのかを、エミリアは思い知った。
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