第一章 十年ぶりの母の帰宅と驚愕の真実

 朝、いつもの時間に目が覚めたら、まずは自分の身支度を整え、隣の部屋で眠っている父を起こす。

 それから朝食の準備をして、三つの弁当を作り、起きてきた父と朝食。

 洗濯をして簡単な掃除を済ませたら、弁当のうちの一つを父のもとへ置き、残りの二つを持って、勤務先である街の仕立て屋へと出勤する――。


 それが、月日と共に行き先が学校から仕立て屋に変わりはしても、規則正しくもう十年間も、エミリアが毎日ずっとくり返してきた朝の日課だった。


 画家としての才能には恵まれたが家事能力はまったくない父と、もともと少し浮世離れした雰囲気の母を両親に持つエミリアは、小さな頃から近所でも評判のしっかりとした子供だった。

 十年前の母の失踪が、それにさらに拍車をかけた。 

 

 あきらかに気落ちして、仕事も手につかなくなった父を元気づけるためにも、

「子供のことを考えたらやっぱりねぇ……」

 と、やたらとエミリアを引き取りたがった親戚たちを突っぱねるためにも、

(私がしっかりしなくちゃ!)

 とエミリアは、若干七歳にして自分に気あいを入れた。


 家事の一切を引き受け、孤軍奮闘し、気がついてみれば、

「お嫁にもらうんだったら、やっぱりドルトンさんちのエミリアちゃんよねぇ!」

 と近所のおばさんたちからも太鼓判を押されるほどの、折り紙付きの『いい娘』に成長した。


(だって嫌だったんだもん。大好きなお父さんが、『奥さんに逃げられたかわいそうな人』って言われるのも……お父さんと無理矢理引き離されるのも……!)


 故郷に帰ったという母のことならば、もうとっくに諦めている。

 でも三人で過ごしたこの家を出て行きたくはなかった。

 父を一人ぼっちになどしたくなかった。


(だって……お母さんが植えたお花だって庭の芝生だって、私がいなくなったら誰が世話をするの? お父さんに任せてたら、みんな枯れちゃう……この家だってすぐにボロボロになっちゃうわ。あっという間に取り壊しなんて……そんなの絶対に嫌よ……!) 


 もし万が一――百万が一、母が帰ってくるようなことがあったとして、目印になるこの家がなくては、ただでさえ方向音痴の母は、エミリアたちのもとにたどり着くことさえできない。


(そんなこと……きっとあるはずないんだろうけど……)


 それでも心のどこかで期待する気持ちは捨てきれないまま、エミリアはがんばった。

 庭の手入れも家の掃除も父の世話も、もちろん本業の勉強だって針仕事だって、誰にも負けないぐらいにがんばった。

『母親のいないかわいそうな子』なんて、周りに感じさせる隙もないほどにがんばった。


 それなのに――。

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