第4話 朝の二人と大学のお友達

「ん~、美桂ちゃん。おはよう」

 頭の上から声が聞こえたと思ったら、拓海さんからキスをされていた。

 私は拓海さんの腕の中で固まってしまった。


 まだ、早朝で二人ともベッドの中。

 拓海さんのまだ半分寝ているような声……。

 多分二人の朝はこんな風に始まっていたのだろう。だけど……。

「うわっ。美桂ちゃん?」

 拓海さんは、覚醒するなり飛び起きた。

「ごめん。僕……、本当にごめんなさい」

 ベッドの上で土下座している。その姿が気の毒すぎて……、だって、多分私の記憶が戻っていたら普通の事だ。

 拓海さんが、謝る必要なんかなかったこと。

 だけど、私は何も言えなかった。


 しばらく土下座した後、サイドテーブルの時計が目に入ったのだと思う。

「あっ、美桂ちゃん。早く起きて用意しなきゃね。今日、大学時代のお友達に会ってみるんだろ?」

 拓海さんにしては、珍しく焦ったように言ってくる。


 さっと着替えて、パタパタと台所に行ってしまった。

 私が身支度を整えてから部屋の外に出ると、もう朝食の用意が出来ている。

 私が出てきたのに気が付くと

「本当に、ごめんなさい」

 改めて謝られてしまった。


「いえ、気にしないで……。拓海さんも寝ぼけてたんだし、私の記憶が戻っていたら何の問題も無かったことなんだから」

 私はちゃんと笑えているだろうか。

 寝起きからの、男性に抱きしめられながらのキスは、結構ショックだった。

「それでも、ごめんね」

 拓海さんは、あいまいに笑っていた。





 それから拓海さんの車で、二人で通った大学近くのカフェまで送ってもらい。

 友達を私を引き合わせた後、拓海さんは一人で戻って行った。

「あいかわらず、過保護だねぇ。あんたの旦那は……」

「そう……なの?」

「まぁ、そうだね。相沢君の方がベタ惚れだったものね」

 私は少し緊張している。二人にとって私は大学時代での友達だけど、私は初対面状態だ。

 そんな私の様子に気が付いたのか、二人がどちらからともなく言う。


「記憶無いから仕方ないけどさ。私らお互い言いたいこと言い合ってた仲だし?」

「そうそう。変な緊張したって無駄無駄。うちら、あんたが記憶無くても関係ないしね」

「関係ない?」

「あんたの旦那もそう言ったんじゃない?」

 そういえば……『別に、どうもしないよ?』って拓海さんも言っていた。


「それより、どうなの? 記憶がないってどんな感じ?」

「……そんな事、訊く?」

 私は、ありえない質問につい笑ってしまった。

「だって、旦那のところにいるってことは、美桂が旦那と居ることを選んだんでしょ?」

「だよね~。相沢君は実家にって言ったんじゃない?」

「あ……うん、良くわかったね」

 そんなことがわかるくらい、この人たちと親しかったの?

「まぁ……ねぇ」

「うん」

 二人とも、顔を見合わせて頷きあっている。なんなの?


「あんたが拓海くんを選んでるかぎり、安泰って事だよ。それで?」

 ああ、さっきのありえない質問。

「もどかしいよ、自分の事がわからないって。アルバム見せられても顔が似てる他人って感じ? だって、関係者全員で騙してても、こっちはわからないし」


「不安……とか、無いの?」

「不安? ああ、最初は病室で泣いてた。心細くて……。後は、思い出せなくて申し訳ないって気持ち。特に拓海さんにはね」

「……意外とさっぱりしているね。もっと、悩んだりしてると思ったけど」

 ホッとした感じで言われた。


 わざとか……。わざと、デリカシーの無い質問をして、こっちの悩みを聞いてくれるつもりだったんだ。

「ありがとう。大丈夫みたい、私」

 二人はお礼の意味が分かったようで、笑ってくれた。

 

 後は、悪友二人とデパート巡りをして、服やバッグの新作を見てまわった。

 この辺は、記憶がなくても関係ない。とても、楽しい時間を過ごせた。

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