拓海くんとの思い出
「ねぇ、拓海くん。なんで、ずっと私の事好きでいてくれたの?」
「何? 唐突に」
だって、本当に不思議だった。
だから、リビングのテーブルで二人してコーヒー飲んでるときに訊いてみたのだった。
「ん~……。美桂ちゃん覚えてないかなぁ。幼稚園に入ったばかりの頃って、僕しょっちゅう泣いてたじゃない」
「へ? そうだっけ」
「うん。年少で入って、多分何人か親を恋しがって泣いてたと思うんだけど、その中の一人だったんだよ」
「って言うか、よくそんな小さい時の事覚えてるね」
「多分、印象が強かったんだよ。親がそばにいない寂しさとか、その時に優しくしてくれた女の子の事とか」
拓海くんが私の方をじっと見ている。
「って、もしかしてそれが私とか?」
「そう。何人も泣いてる子がいるのに、僕だけを構ってくれてお世話してくれたんだよ。園の制服からスモックに着替えさせてくれたり、一緒に遊んでくれたり。いじめられたら、それが年上の子でも追い払ってくれてた」
「ぜんぜん覚えてないんだけど……。それ、本当に私?」
いや、全くじゃない。確かに泣き虫な男の子はいた。
『だいじょうぶよ。じかんになったらおむかえがくるから』
私がそう言っても、えぐえぐ泣いてる男の子が……。
私も不安だったけど、すぐ横の男の子が泣き出して、慰めているうちに泣くタイミングを失ったんだ。
一度、そんな風に慰めたら、ずっと私の後ろを付いてくるようになって。
一人っ子だった私はお姉さんになった気分で、お世話してたんだっけ……。
「あれって、拓海くんだったんだ」
いや、いつの間にかいなくなった男の子扱いになっていた。私の中で……。
「そう。僕」
「でも、その流れだと、私がずっとお世話してそうだよね。私、幼稚園の頃から拓海くんにお世話された記憶の方が強いんだけど」
なんで、立場が逆転した?
「いつだったか……、園庭に犬が迷い込んできたじゃない。今考えるとたいして大きな犬じゃなかったと思うけど、やたら吠えて、みんな逃げまどって」
ああ、それは覚えている。なんとなくだけど……。
「僕、泣きながら逃げててこけちゃったんだよね。犬がすぐそばまで来てて、怖くて目をつむってたら、ほうきでね、美桂ちゃんがその犬を叩いて追い払ってくれたんだ」
「あったねぇ、そういえば。それが拓海くんだったとは思わなかったけど」
「そのあとも、美桂ちゃんは平然と僕を起こしてスモックに付いた土とか払ってくれてたんだけど、その手がね震えてたんだ。それで……」
「それで?」
拓海くんが、優しい目になってる。
「それからだよ。僕が努力し始めたのは……」
そう言いながら、手を伸ばして私の髪をサラッとさわってきた。
「いや、だから。それがきっかけだったとしても、嫌になる事もあるじゃない。そういうのは……」
「そりゃ、無いこともないけどね。だけど、人間の本質なんてそうそう変わらないんじゃない?」
ん~、よくわからない。無いこともないって事は、嫌いになるときもあるって事? まぁ、あるか……お互いに。
そんな事を考えていると、拓海くんが立ってきて手に持ってたコーヒーカップを取り上げられた。
「この後の、予定は?」
「あ……と、特には……」
拓海くんが、私の耳元で何かを告げてキッチンに向かっていった。
え? 空耳?
『寝室で待っててくれる?』
拓海くんの方を見ると、キッチンで二人分のカップを洗っていた。
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