あたしんちとたくみくん

 私の家は、普通のサラリーマンの家庭だ。

 多分、父の転勤でこっちに越してきたのだと思う。

 母は、私が幼稚園を卒園した後、仕事を始めた。父が勤めていた会社が大規模リストラを始めて、父もその対象になってしまったからだ。


 しばらく家にいた父も、再就職した。

 私は平日の放課後と土曜日は一人で過ごさなければならなくなってしまった。


「みかちゃん。おうちから、おひるもってきたよ」

「たくみくん」

 両親から『玄関を開けてはいけません』と言われていたけど、お友達だからと開けてしまっていた。まぁ、親から怒られはしなかったけど。

「おなかすいたよね。いっしょにたべよう」

 拓海くんは、重そうな荷物をよいしょって感じでテーブルに置いていた。

 うちにはお母さんが作ったお昼があったけど……。


「みかちゃん、しょっきどこ?」

 拓海くんは、小さな手で一生懸命タッパからおかずを取り分け、ごはんを茶碗によそってくれる。

 おかずやご飯をレンジで温めて

「はい。みかちゃんのぶん」

 多く入った方を、私にくれた。

「たべようよ」

 拓海くんがそう言って、二人してテーブルについてお昼ご飯を食べた。

 一人で食べるご飯より、数倍も美味しかったのを覚えている。


 大人の間でどんな話し合いがされたのかは、わからない。

 母は、土曜日のお昼ご飯を置いて行かなくなった。

 そのかわりのように、拓海くんがやってくるようなっていた。


 いつからだったか、拓海くんは、おかずが入ったタッパを持ってこなくなって、食材を持ってくるようになった。


「今日は、僕が作るからね」

 そう言って、拓海くんはエプロンを着けて私の家の台所に立った。

 心配して見ていると、真剣な顔で包丁でジャガイモの皮をむいている。

 今考えると、家でかなり練習したのだと思う。失敗できないからって。


 当時の私は、当り前のようにそれを受け入れていた。

 拓海くんが『それが当り前なんだよ』と言うように、私の世話を焼いてくれたから。

 その頃から、拓海くんは私の家に日曜日も入り浸るようになった。

 父の将棋の相手をしたり、母のお手伝いをしたり……。

 そして、私に勉強を教えてくれるようになって、その後ゲームをして遊んでいた。


 中学に上がって、土曜日はお昼を食べたら二人で外に出かけるようになった。

 私の両親が家にいる日曜日の過ごし方は、変わらない。

 

 中学も三年になって、拓海くんと同じくらい成績が上がっていた。

「え? 美佳ちゃん、女子校に行くの?」

 私の進路希望の紙を見て驚いていた。

「うん。ここも、進学校だし……、何より家から近いから」

 私は、学校の先生からも『そこだったら……』と言ってもらえるような女子校を選んでいた。

「そ……か。うん、そうだね。女子校も良いかもね」

 心なしか、がっかりしているように見えた。見えただけかも知れないけど。



 そうして、高校の三年間。

 拓海くんのいない、学校生活が始まった。

 中学であまり出来なかった友達もすぐに出来た。

 女の子同士の話は気を遣わなくて楽しい。

 ……恋バナは、ついていけなかったけど。


 なんか、結構みんな、くっついたり別れたりしてるんだね。

 えちえちな話もする。た……体験談……とか。

「美佳って、そんな話ないの?」

「あ~、ダメダメ。この子は、相沢くんいるし」

 同じ中学から上がった子が言ってくる。


「え~、なんだ彼氏持ちじゃん。で? どこまで、進んだの?」

「いや、幼馴染みってだけで、何も無いから。だいたい、そういう関係なら同じ学校行ってるって」

「それもそうか。モテるもんね。相沢くんって。なのに、めんどくさがり? 告っても、軽いノリでも付き合ってくれないもん」

 ……告ったんだ。

「まぁ、私は女よけに使われてただけだし」

 面倒くさいからそういう事にした。

 そう言ってた方が、いらぬ嫉妬で人間関係壊さないと経験上分かってたから。



「あのさ。美佳のこと気になるって子がいるんだけど、会って見る気ない?」

 友達がそう言ってきたのが、拓海くんをひたすら避けていた高校二年の頃。


 一瞬だけ、付き合ったっけ。

 何か、記念にってプリクラまで撮って……。

 良い人だったんだけど、悪いことしたな。


 だって、キスされそうになっただけで、嫌悪感丸出しになってたら、ダメでしょう。




 私は一瞬付き合っただけの彼氏との記念のプリクラを見て、深々と溜息を吐いた。

 拓海くんは、休日出勤。久しぶりの一人の休日。

 

 あれは、一種の刷り込みだよね。

 ずっと拓海くんと一緒にいて、拓海くん以外の男がダメになるなんて。 


 自分の荷物の整理をしてて出て来た思い出の品達の前で、色々なことを思い出していた。


 拓海くんが、帰ってきたことにも気付かずに……。

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