最後の戦い
エディクは暴れん坊の三つ首ドラゴンに向かって剣をふるった。ドラゴンもエディクに火を噴きながら応戦している。
三つ首ドラゴンは火の国で最も恐れられている生き物として申し分ないほどに暴れていた。首をくねらせて3つの口からそれぞれ火を吐き、翼をはためかせればたちまち火の海が出来上がった。
ドラゴンの住処の奥の奥にあるという最後の羽根。エディクは何としてでも羽根を手に入れたかった。何でも願い事をかなえてくれるという十二の羽根を手に入れるために、エディクはありったけの勇気をかき集めた。
火の手が迫る中、エディクはドラゴンの首に剣を振りかざした。
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ソアは片っ端から冒険ファンタジー小説を手にとってはむさぼるように読んだ。小説の描き方も学んだ。登場人物と物語の舞台や世界観は既に出来上がっている。ソアの仕事は、プロットと言われる物語の骨格を作って文章を作っていくことだった。
ソアは、ユセルが描きたかった『十二の羽根』の続きを書くことにしたのだ。
何度も何度も奇跡的に残ったユセルの小説のデータを何度も何度も読み直し、『十二の羽根』の世界観や登場人物を叩き込んだ。今やソアは『十二の羽根』の世界にどっぷりとつかっていた。
エディクは貧しく身寄りのない子どもで、臆病なところはあるけれど誰かのために一生懸命戦うことのできる少年だった。そして、誰よりもレンのことが好きだった。エディクはレンに会いたかった。離れ離れになんかなりたくなかった。エディクはレンにまた会うためだけに旅を続け、羽根を集める。ユセルは2つの国の冒険について描いていたので、あと10の国の物語を作らなくてはならなかった。各国に1つずつ眠るお守りともいえる羽根。エディクは時に町の人たちに立ち向かう勇気で、時に町の危機から救う優しさで、それぞれの国の人たちと和解しながら羽根を集めていく。
ああ、なんて孤独なのだろう、とソアは思った。エディクはずっと1人で旅を続けるだけではない。彼に寄り添ってくれる書き手も、今やソア1人だった。かつてはエディクにはレンという旅の仲間がいた。そして、その物語をユセルが紡ぎ、ソアが物語を読んで感想を伝えることで彼らの旅路を見守っていた。お互い独りぼっちになってしまったけれど、エディクが旅を終えるまで、ソアはそれでも書き続けた。それしかできなかった。
ああ、レンはどうしてエディクの元を去ってしまったのだろう。きっと2人はずっとずっと一緒に、たとえ羽根が集まらないという物語としてあるまじき展開になったとしても、2人で旅を続けていたかったはずだ。ユセルはどうして2人を引きはがしたのだろう? ソアが悩むと決まって、ユセルが最初に小説を見せた日の顔を思い出すようになった。
ユセル、君は僕が物語を紡いでいることをどう思うだろうね。ソアがこの物語を愛していることを知って喜ぶだろうか。それとも望まない物語を勝手に書いたことに腹を立てるかもしれない。ソアはどちらでもよかった。ただユセルの顔が見たい。声が聴きたい。会って話がしたい。できるのならソアが描いた物語をユセルに一番に読んでもらいたい。
物思いに耽っているとソアはいつも涙をこぼした。ユセル、どこにいるんだ、返事をしてくれよ。また会おうと連絡先を交換したじゃないか。その約束を果たさせてよ。ソアは、ユセルが自分や小説のことなどすっかり忘れてしまっているだけだと思いたかった。やりがいのある仕事に恵まれて、愛する人ができて、もしかしたら他にやりたいことや楽しみを見つけて、幸せになっているのならそれでいいとすら思うようになっていった。ただ、それでもいいから知りたかった。
どうして急に小説を送らなくなったのか。どうしてお茶の誘いに何の返事もしてくれなかったのか。仕事と物語を考えている間以外は、この問いがソアの頭の中を駆け巡っていた。
ソアが物語を書きあげるまで、ソアには仕事と物語の執筆しかなかった。周りの人たちは、家庭を持ったり、出世したり、はたまた職を失ったり、恋人にふられてやけ酒を飲んだりしていた。
やがて7年の歳月が経ち、ソアとエディクは長い長い旅に終止符を打つことになった。
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