秋津となめ
秋津となめ
14年前、君は灰色の海に浮かぶあの粟粒のように小さな島に生まれた。君の父親は島の中心地、といっても小さな漁師町だが、にある村役場に勤めていた。母親はもとは島に一つだけあった中学校で教師をしていたが、過疎化少子化で児童の数が減り廃校になったときに仕事を辞め、やがて君を産んだ。島には子どもがほとんどいなかった。君には同級生はおろか歳の近い先輩後輩もいなかった。小学校では10人もいない全校生徒がひとつの教室で授業を受けていたが、君の周りに座っていたのは4、5歳年下の子犬のように無邪気な下級生たちでとても話し相手にはならなかった。だから普通なら友人たちと過ごすべき小学校生活の大半を、君は友人ではなく読書に捧げることになった。読むべき本はたくさんあった。君が生まれる前に亡くなった祖父は読書家で家にはたくさんの蔵書が残されていたのだ。祖父の書斎は間違いなく島で最も多くの本が集まっていた場所で、君は小学校の全期間を通じてそこにある全ての本を読破するという事業に取り掛かることになった――その征服事業は結局小学校を卒業するまでに終わらずに君が島を出た後も続けられることになるのだったが。君はおそらく島のことが好きだった。急峻な山肌と海に挟まれた傾斜地に張り付くようにして集まっている民家や、古くなって錆が大量に浮いた漁船や、愛らしい形をしたテトラポットの群れが君は気に入っていたし、島の閉鎖的な人間関係も時々うんざりすることはあったがそこから逃げ出したくなるほど息苦しいものでも無かった。だから君は島に愛着を持っていた。だが同時に分かってもいた。島に生まれたものは結局島を愛する以外の選択肢をはじめから与えられていないということを。そんな穏やかで単調な島での暮らしの中で、君と僕は出会った。その出会いはいつ、どこで行われたのか、君ははっきりと覚えていない。僕らの関係は最初のうちはどこかよそよそしかった。だけど君はそこでうんざりして僕を避けたりはしなかった。君は僕と、とても長い時間を一緒に過ごした。会話なんてものはしたことが無かった。そんな退屈なことをする必要なんて無かったのだ。そしていつからか、僕らは恋人になった。
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