第11節 圭太が美々面の帰りの遅いのに気付いたのは……
圭太が美々面の帰りの遅いのに気付いたのは日が完全に落ちるか落ちないかという頃だった。
美々面はこれまで気ままに外出して気ままに帰宅するのを繰り返してきたが、これほど遅くまで帰って来ないのは初めてのことだったのだ。
美々面には携帯電話を持たせていない。
いまさらになって彼女と連絡を取る手段が何もないことに気付いて、圭太は自分のやり方がどれだけ危ういものだったのか気付かざるをえなかった。
彼は慌てて外套を羽織るとアパートを飛び出した。
美々面がよく行く場所は分かっているのだ。
こうなれば直接迎えに行くしかない。
学校に着いたときには既に辺りは暗くなっていた。
校門はまだ閉め切られておらず、遅くまで部活をしていたらしい生徒たちが下校する様子がちらほら見られた。
圭太は彼らとすれ違いに校内に入るとまっすぐに校庭のうさぎ小屋の方に向かった。
着いてみれば小屋の周りには誰もいない。
小屋のうさぎたちは圭太の姿を見ると驚いてねぐらにしている木箱の中に隠れた。
圭太はその様子に少し違和感を覚えた。
学校のうさぎたちはすっかり人馴れしているので、いつもは誰が近くに来ても平然としているのだ。
しかし今、彼らはひどく緊張していて何かに怯えているようにすら見えた。
嫌な予感がした。
圭太はスマートフォンのライトを懐中電灯代わりにして小屋の周囲を捜索してみた。
残念ながら(あるいは幸いにか)美々面の姿を見つけることは出来なかった。
圭太が別の場所を探そうかと考え始めていた頃、ふと目をやった小屋の陰に何か小さく白い塊が落ちているのに気付いた。
近づいてみると、そこには子ども用の小さなスニーカーが片方だけ転がっていた。
圭太はすぐにそのスニーカーの持ち主が誰なのか分かった。
毎日玄関で目にしているのだから間違いようも無い。
それは少し前に委員長がショッピングモールで買った、美々面の靴だった。
絶望的な気分が押し寄せてくる。
圭太はほぼ反射的に、先生へと電話を掛けていた。
「圭太か。どうした」
先生はいつもと変わらぬ声で電話に出た。
「せ、先生。今どこにいますか」
「ん、家にいるが」
「美々面が先生の所に行ってませんか」
「いや、来てないぞ。
……どうした何かあったのか」
先生は圭太の声の調子からただならぬ様子を感じ取ったようだった。
「学校にもいなかったんです。
彼女がどこにいるか分からないんです」
「あの子がいなくなったのか」
「校庭に靴だけが落ちていて……。
ぼ、僕はどうすれば」
圭太はうろたえて悲鳴にも似た声を上げた。
「落ち着きなさい。
まずは、順を追って、話しなさい」
先生は圭太を落ち着かせるため文節を細かく区切りながらゆっくりと話した。
圭太は動揺からしどろもどろになりながらも何とか事情を説明した。
「お前はもっとよく学校を探しなさい。
私もこれから心当たりのある場所を探してみる」
「わ、分かりました」
「大丈夫だ、きっと見つかるから」
先生はそう言うと電話を切った。
圭太は先生と話すことで少し落ち着きを取り戻すことができた。
気を取り直すと先生に言われたとおりに学校をもう少し探してみることにした。
校庭を隅々まで歩き回り、やぶ蚊の舞う校舎外周を一周し、そしてさきほど通った校門のところにまで戻ってくる。
圭太が背後から呼び止められたのはそのときだった。
「圭太くん」
呼び止めたのは委員長だった。
「委員長。まだ学校に残ってたんだ」
「うん、生徒会の仕事で。
それよりどうしたの、ひどく慌ててるけど」
圭太は焦りから回らぬ舌で懸命に説明した。
その説明は幼児のする話のように細切れで要領を得ないものだったが、委員長はなんとか状況を察してくれた。
「私も一緒に探すよ」
委員長はそう言うとまだ見ていない校舎の中を探してみようと提案した。
二人は一緒に校舎の中を探し始めた。
そこはひどく寒い場所だった。
自分はさっきまで確かにうさぎ小屋の前にいた、と美々面は思い出していた。
あの時、背後に立っていた人間からいきなり抱え上げられて気付けば今の場所に連れて来られていた。
どこをどう通ってきたかさっぱり思い出せない。
ただ担ぎ上げられながら、景色が目まぐるしく回転しそして強い風が頬をはたき付けるのを感じた。
犯人は今の場所に着くとインシュロックを取り出して美々面の後ろ手に回した両手と両足をきつく縛った。
さらに口の周りにガムテープを何重にも巻いて声を出せないようにした。
美々面は訳も分からぬうちに冷たいコンクリートの上に寝転がされて、文字通り手も足も出なくなった。
その時になってようやく、美々面は恐怖と呼ぶに値する強度を持った感情を覚えたのだった。
しかし犯人はすぐには美々面に手を出そうとはしなかった。
彼は美々面が暴れる様子がないのを確認すると、その場から去って行った。
周りに人がいないか確認しに行ったのかもしれなかった。
美々面は冷たい外気の中に一人取り残された。
逃げ出そうとは考えなかった。
自分がいる場所も分からないのに手足が拘束された状態ではとても逃げ切れないと考えたのもあるが、それ以上に強い眠気が彼女に襲い掛かってきていたのだった。
これほど寒い中で眠気に襲われるのが彼女には不思議だった。
しかしこのような前触れの無い急激な眠気はこれまで何度が経験された感覚でもあった。
薄れていく意識の中で美々面はいつのまにか犯人が自分の近くに戻ってきていることに気付いた。
瞼が完全に落ちきる寸前、美々面の視界の端に真っ赤なスニーカーが映り込み、そして瞼の裏でいつまでも残像として残った。
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