第60話 アスティの信頼度

 戦いの後の街を見るのはなんとも言えない気持ちになる。クリミナル・グラードもそうだったが、家族を失い、家を失った者の目は皆悲壮に溢れており、そこに希望はない。だがここのエルフ達に悲壮感は無く、黙々と瓦礫の撤去と家や道の修復にあたっていた。グラン・クリスタルを奪われ、家を奪われようともその目の輝きは失われていない。それは幸いにも犠牲者が出なかったからか、それともエルフの性格に起因するのだろうか。はたまた、希望があるからだろうか。その希望が俺の手に委ねられていると思うと、急に自分が言ったことの重みを感じる。


 エルフ達と一緒に村の復興をしながら思ったことだが、エルフ族という一つの小さい集団、人間で言うなら少数民族のような者だが、部外者に対しての偏見が余りないように思える。この国の軍の人間に対しての恨み、恐れはあり、それは取り除くことは出来ない。だが人間である俺を人間としての括りで差別したり、避けようとはせず、ただ受け入れている。人間の中にも色んな人がいることを彼女らは分かっているのだろう。人ができている、というよりそう教育されていると言ったほうが正しいだろうか。何れにせよ部外者の人間である俺に分け隔てなく接する彼女らを見ていると、なぜか使命感にかられる気持ちになった。


 このまま滅んでしまうには悲しすぎる。この感情は少しばかり入れ込みすぎているのかもしれないが、戦いのモチベーション、目的が合ったほうが生死を分ける戦闘ではいい方向に働くというものだ。と少しばかり感傷的な気持ちになっていると隣で釘をトンカチで打っているアスティに、エルフ族の子供が興味津々で話しかけていた。


「ねー、おねえちゃん。どうして耳が短いの? なんで髪が黒いの?」


「んー、なんでかな? 親がそうだったからかな?」


「そっか、私エルフ族以外見たことがないからなー。ねえ、その髪もらっていい?」


「いいよー、ちょっと待っててね」


 そう言うとアスティが手をナイフに変化させ、自分の髪を軽く切ってエルフ族の子供に渡した。そう言えばこいつ、一部分だけ形態変化出来るんだっけ。正直、使い勝手の良い剣くらいにしか思っていなかった。


「きれい! おねえちゃんありがとー!」


「いえいえー」


 嬉しそうな顔をして母親の元へアスティの髪を見せに行くエルフに子供を、アスティは満足そうに見守っている。アホの子だと思っていたのだが、こういうお姉さん的一面があるのかと正直驚いた。というかこいつ、魔族の王なのに割と温和な性格してるよな。さすがはいいとこの出と言いたいとこだが、ただ単にアホなだけな気もする。


「うーん、お前子供に対しては優しいのな」


「え、いつでも誰にでも優しいですよ私」


「え? 俺には厳しくない?」


「いや……初対面で手を舐めさせる変態には別に優しくするつもりはないです」


 さっきまであんなに笑顔だったアスティが、途端にゴミでも見るような目に変わっている。俺の好感度が余りにも下がりすぎてもう上がる気配を微塵も感じない。記憶を無くす前はあんなに駄犬のように懐いていたのに……飼い犬に手を噛まれるとはこの事を言うのだろう。


「なんだろうな、俺そんなに悪いことしたか?」


「ええ……悪いと言うか気持ち悪いと言うか……。自覚ないんですか?」


「辛辣すぎて、傷口が今すぐにでも開きそうだ。確かに手を舐めさせるのは行き過ぎていたと思うが、今回割と活躍したし、チャラじゃね?」


「いや……モルさん勝手に突っ走って死にかけて帰ってきただけじゃないですか……。副隊長倒したのも嘘なんでしょう?」


 もう好感度以前に信用すらされていなかった。


「いや、倒したわ!! さすがにやばかったけどなんとか勝ったよ」


「うーん、信じられないですね。本当に倒したと言うのならどうやって倒したか説明できますよね?」


「本当に信用ないな俺。どうやって倒したか……うーん、まあ俺のエクスカリバーなんだけど、クリスタルつけたら相手を斬ることで自分が回復するようになったんだよ」


「へー、すごい」


「それでな、まあ最初の敵は四十人位いたけど不意を突いて全員倒した」


「おー」


「で次は副隊長を含む六人相手だったんだがな。まあ色々あったけど一回死んだ」


「ええ……私が今見てるモルさんは幻なんですか? こっわい。帰りたい」


「いやさ、死んだというのは語弊があるな……死にかける位ダメージ負ったけど、エクスカリバーを腹に突き刺したらなんだかんだで回復されてギリギリ生きてた」


「ええ……私が見てない間にそんな地獄のような戦いがあったなんて、恐ろしすぎる……」


「最後に副隊長と一対一だったんだけどな、ダメージが残ってて動けなくてな。そこで自分の左腕を切り落として回復して勝ったよ」


「ええ……相手に対する殺意と自身の体に対する軽視がひどすぎる……。元勇者でしたよね……?」


「まあ段々とバーサーカーよりになってきたな」


「もうどちらかと言えばモンスターよりじゃないですか……これ子供が聞いたら泣きますよ?」


「まあ見られてないし大丈夫だろ。戦いを見られなければ優しいお兄さんだよ」


「なんかこうモルさんって子供にも手を舐めさせそうですよね。事案ですよ事案。犯罪ですからね?」


「まだ何もしてないからね?」


「まだ……? え?」


「いや、言葉を間違った。何もする気はない。いやそんなゴミを見るような目で俺を見るな」


「守備範囲が広すぎて気持ちが悪い。考えても見れば魔族に欲情するし……やばくないですか……?」


「いやさ、え? 魔族って言っても人型じゃん? ほぼ人間じゃねえか、いけるいける」


「本人相手にいけるいけるは絶対おかしい……。つまみ感覚で人に手を出すの止めてもらっていいですか? 私は白馬の王子を待っているんですよ、それはあなたじゃないんです」


 なんかすごいデジャヴを感じる。こいつまだ白馬の王子を待ってやがるのか。いつになったらそのクソみたいな夢から覚めるんだこの万年少女野郎は。


「そんなこと言ってると行き遅れるぞ。若い内にいい人見つけろよ。俺みたいな」


「ゴミの代表みたいな人と結婚するなんて、もはや自分自身に対する極刑じゃないですか。ひどすぎる」


「言葉の節々が尖りすぎていて、避ける隙きがない。考えても見ればお前を救ったの俺だからね? 感謝してる?」


「してはいますけど、時効じゃないですか? 実にしつこい、恩に対する礼への要求が粘り粘って、離れやしないじゃないですか」


「いや、それもそうだけど、余りにも余りな態度だから逆にこっちも苛立ってきた」


「いや、こっちのセリフですよ。なんなら今ここで勝負しましょうか? それで私が勝ったら恩はちゃらで」


「おう、やってやるよ。その代り俺が勝ったら一つ言うことを聞けよ」


「ここに来て自然で隙きの無い要求が怖い。まあいいですよ、私負けませんからね」


「おう、俺も負けん。夢は叶えるから夢なんだよ」


 こうして訳の分からない理由で分けのわからない勝負が始まった。


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