第14話 三股容疑の高校生・糸口と答え合わせ
▼2-1 エピローグ1 そしてプロローグ2.①
いざ顔を合わせてみると、
顔立ちはハンサムと言っていいと思うが、髪型は無造作で寝癖が残っていたし、顎の縁に沿って無精ヒゲが目立つ。この人が、モデルみたいなルックスをこれ見よがしな琴ノ
駅で双子と別れてから一夜明けた、昼休み。一年生教室が並ぶ三階からてくてくと階段を降りて二階の二年生教室。
先輩を訪ねた口実は「誰の物だか判らないハンカチを拾って、その時に先輩とお姉さんがどこかへ去っていくのを見たから確認してほしい」というものにした。
糸口先輩の顔を知っていたのは、琴ノ橋さんに彼氏自慢されたことがあるからと説明し──あながちウソじゃない──、見せたハンカチは雪音から借りた女物だ。
なぜお姉さんだと思ったかという点は、先輩がそう呼んでいたのが聞こえた気がするし、そういう雰囲気だったから、と至ってファジーな理由付けをしておいた。ハンカチを拾っ た日時もあえて明言しなかった。
ボロが出ないよう一から十まであいまいな言い方をしたわけだが、人の良さそうな先輩は疑う様子もなく、
「ああ……じゃあ一昨日かな。だとしたら参ったな……姉貴、家に帰っちゃってもういないんだ。でも、そのハンカチは姉貴の趣味じゃないし、違う人のだと思うよ。
わざわざ確かめにきてくれてありがとうな」
「い、いえ」
お礼まで言われてしまった。理由があるとはいえ騙しているのが心苦しい。
それじゃ交番に届けときます、と適当に言って、俺はそそくさと退散……する前に、確認しておいた。お姉さんがいたというだけじゃ、まだ不安が残る。
「ぇっと……お姉さん、遠くの人なんですか?」
琴ノ橋さんの友達だと名乗ったのがよかったのだろう、糸口先輩は思いのほかあっさりと話してくれた。
「ああ……何年も前に嫁へ行ったんだけど、最近妊娠したのが判って、不安になったみたいでさ。母さんや俺らに会いにきたんだけど、半分駆け落ちみたいな結婚だったから親父とは顔を合わせづらくて……俺や妹とは外で会ったり、親父のいない時間に家へ来てたりしたんだ」
なるほど……密会じみたシチュエーションになったのはそのせいか。
「母さんにいろいろアドバイスもらったり、久しぶりに弟妹に会ってだいぶ落ち着いたからって帰ってったんだけど……最初は堕ろすの堕ろさないのって大変でね。
情緒不安定で、だいぶみっともないことになってたからさ。鞠ちゃんにも姉貴のことは言ってなかったんだよ」
なんてこった……傘の女性が泣いていた理由だとか、見送りの時に先輩が近所の目を気にしていた理由だとか、残っていた謎が根こそぎ解けてしまった。て言うか
「幸い、鞠ちゃんと姉貴は顔を合わせないですんだし、いやぁ、よかったよホント」
いやいやいやいや……よくない。全っ然、よくないですよ先輩。
そのせいで琴ノ橋さんに追い込みをかけられ、俺がどれだけ心臓に悪い時間を過ごしたと思ってるんだ……とは思ったが、この流れでは言い出せないし、事情を考えれば、糸口先輩がなにかしら悪いことをしたわけでもない。だから、
「ぁ……はい。ホント、よかったです」
俺は引きつった笑顔を返して、階段の方へ歩き出した。
こうとなれば、先輩のお姉さんが元気な赤ちゃんを産んでくれることを祈るだけだ。
そうでもないと、割に合わない。
「お疲れーっ」
「ぅわっ!?」
溜息を吐きながら階段への曲がり角に入ったところで、腕をつかまれた。
何事かと見れば、
「どうだった? 先輩、なんだって?」
結果が気になって後を尾けてきていたらしい。昨日の放課後と同じように目を輝かし、俺の顔をのぞき込んできている。
「なんだか思いのほか朗らかな感じでしたけど」
と、これは双子の妹、
実を言えば、さっき糸口先輩にお姉さんの有無を確認した口車は、雪音が考えてくれたものだった。俺も昨日の内に考えてきてはいたのだが、雪音の案の方が自然で安全そうだったから拝借したのだ。
彼女も、昨晩から考えてくれていたらしい。
「話は教室で聞きましょう。ここでうだうだしていたら、昼食の時間がなくなります」
それだから、事務的な口調で言われても面倒見のよさだけを感じ取れた。
向いてないかとも思ったけど、雪音が委員長というのは天職なのかもしれない。
放課後、琴ノ橋さんたちに残ってもらって調べた結果を報告した。どんな結果にしろ、もっと時間がかかると思ったのだろう。琴ノ橋さんは最初、疑わしげだった。
が、話を聞くに内に目を丸くして、終わる頃には口を開けっ放しにして放心していた。
「え? マジで? なんか証拠あんの?」
琴ノ橋さんの代わりに訊いてきた
「今なら、お姉さんがいるのか訊けば答えてくれると思うよ、糸口先輩。不安なら妹さんに訊いてみればいい」
話の内容よりむしろ、昨日の朝に囲んだ時にはビビっていた俺が平然と話していることに信憑性を感じたのだろう、初芝さんたちは納得してくれたようだった。
よかったじゃん鞠、ウワキじゃないって、などと友人たちから声をかけられ、琴ノ橋さ んはようやく我に返った。昨日の俺と動揺具合が逆転したように手を意味もなく動かして、舌をもつれさせながら口を開く。
「ウソ…………き、昨日頼んだばっかりなのに解決しちゃうとかスゴくない? て言うかありがと……あ、ぁっ、お金とか払うのかな? 探偵だし──」
「いや、要らないよそんなの! ほとんど働いてないし!」
俺はあわてて制止した。実際、ほとんどの手柄は雨恵の物だし、それだって午後の授業をサボっただけの労力だ。
「はぁ よかった……ぁ」
しかし琴ノ橋さん、報告する前までの高圧的な態度がウソのようだ。どちらが素の琴ノ橋さんなのかは判らないけど、少なくとも昨日までの彼女は精神的にささくれ立って、余裕がなかったのだろう。
胸に手を当てて安堵の息をこぼす琴ノ橋さんを見ていると、いずれ自然に解決したであろうこの一件を、今日の内に解決できたことにも意味があったと思える。今さらになって達成感のようなものが胸に込み上げてきた。
……なにはともあれ、高校入学早々俺を襲った厄介事はこれで完全終了だ。
ピンチを切り抜けられたのは言うまでもなく両隣の双子のお陰で、この恩はいつか返さなければならないだろう。そういう意味で負債は残ったけど……まぁ、そう重いものでもない気がした。
そっくりな顔で正反対の表情をした双子を思い出すと、そんな風に思えた。
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