天星のエトランジェ~『ねころがる』絶対防御の英雄譚~

くきりじん

1話:クラス会議

 いつもどおりの授業中、何の前触れもなく異世界へクラスまるごと転移した。


 神々しき空間で邂逅した女神の、魂を撫でるような声はいまも耳にこだまする。

 ――猫島ねこじま 嵐真らんま、あなたのスキルは『ねころがる』です――。


 俺のスキルは『ねころがる』こと。ただそれだけのスキルだった。


 初めて使ったときは、クラス転移の混乱で沈んだクラスメイトたちを笑わせ前向きにさせることができたから、まぁいいかと思っていたんだが……。


 転移から1ヶ月……出口もわからぬ森の中。まともに手に入らない食料と、魔物の恐怖に怯える過酷な生活を送るうちに、クラスメイトたちは変わっていった。

 

 役立つスキルの持ち主たちが増長し。戦闘、探索、生活、いずれにおいても使えないと判断された外れスキル持ちの扱いが悪くなっていく。

 

 俺の『ねころがる』は何の役にも立たない外れスキル扱いで、スキルカーストはダントツの最下位。それでも生きるため当たりスキル持ちの雑用に甘んじていた。


 しかしそれも限界が近いと感じる。最近は俺が数少ない食料である、リンゴのような果物を食べてるだけで、舌打ちされるようになってきたし。



 ――転移の初期地点である森の中に、クラスで協力して作り上げた拠点。


 その中央広場にクラス全員が集合している。……この拠点を作った当時は当たりも外れもなく、お互いにできることで協力し合ってたんだけどな。


 俺たちは情報共有のため3日に1度ほど。差し込む太陽の光を基準に定めた、暫定午前9時ごろにクラス会議を行っている。


「あー諸君、よく集まってくれた。本日の司会は俺が務める」


 木村きむらが偉そうに前へ出た。戦闘系最強扱いのスキル『破壊光線』を授かった男には、誰も文句をいうことはできない。


「議題は食料問題についてだ。拠点周辺の食べられそうな果実は、この1ヶ月であらかた食べ尽くしてしまった。そうだな月島つきしま?」


「えぇ、その通りです。現在のペースで消費すれば10日後に尽きる計算です」


 学年で一二を争う秀才で学級委員長だった男が、眼鏡をクイッと持ち上げながら答え。クラスメイトたちがざわめきだす。


「――食料になるかは未知数ですが、魔物の死体を何体か凍らせて保管してあります。解凍すると肉体が消えてしまうので、……凍らせたまま食べる方法を探さなくてはいけませんが」


 魔物を食べることを検討する状況もだが。死体が消えるというのは厄介な問題だ。


 拠点に現れた地球の鳥と似た生き物を捕まえたことがある。しかし殺すと謎のクリスタルを残して消えるのだ。食べるためにスキルで焼くことすらできない。結果食料になるのは果実のみ。


「嫌よ! そもそも、あんな化け物食べたくないわ!」


 複数の女子が声を上げる。心で同意しておこう。


「月島! どうにかしろよ! 委員長だろ!」


「そうよ、そうよ!」


 男子の1人が声を上げたことで、女子たちが乗っかるように詰め寄るが――。


 ドォン。木村の片手から放たれた『破壊光線』が地面を揺らした。


「静まれ!」


 全員を武力で黙らせ木村が言う。


「月島を責めても、どうしようもないだろ」


「そりゃまぁな。けど実際食料どうすんだ? 探索で魔物と遭遇するペースは減ってる。魔物を食べられたとしても問題の先送りだろ」


 スキル『超筋肉』を手に入れた男、肉丸にくまるが冷静な意見を述べた。


 ――相変わらず当たりスキルの力が一目でわかる体をしてやがる。運動部のエースはもとから体格に恵まれ筋肉質だったが、スキルで強化した肉体は次元が違う。地球のどんなボディビルダーでも敵わないだろう。


「その通りです。このまま森でサバイバルをしていても活路はありません。地球から助けなど来ないでしょうし……」


 月島の言葉尻は重い。


「つまり我々が生き残るには、この森の中を大きく移動するしかありません」


「木村たち探索班のみで動くんじゃないのか」


「大きく移動って危険すぎない?」


 クラスメイトの男女が異を唱える。


「探索班と拠点を守る防衛班。戦闘力を分けたこれまでのやり方では、現状以上の周辺探索はリスクが大きすぎます」


「そういうことだ。クラス全員で移動するしかない」


 月島の言葉を木村が拾う。


「そして! そのためにはやらなくちゃいけないことがある! わずかの果実! 戦闘員の負担軽減! ――つまり役立たずを排除する!」


 声のボリュームを上げていく木村。静まりかえる広場。


 ……ついにこのときがやってきた。スキルが外れの俺は排除される側だろう。


「月島と相談し使えない奴の選別は終わっている。この場で発表し追放する!」


 魔物が徘徊するこの森で、外れスキルを追放するのは実質死刑。


「いや、いやぁぁぁ。待って、私死にたくない!」


 それがわかるのだろう。スキル『道連れ』の女子、姫宮ひめみやが悲痛に叫ぶ。

 『道連れ』は敵と死ぬ自爆スキルと推測されている。当然姫宮は絶対に使わないと宣言し1度も使っていない。完全なお荷物だ。


 地球ではカースト上位女子で自己中なところがあり、イラッとする奴だったが。この1ヶ月で落ちぶれたのを見ると少し同情する。まあ追放組みだろうから、外れスキル同士やっていこう。――魔物に遭遇して即死かもしれないけどな。


「安心しろ。女子を追放するほど俺はクズじゃねーよ」


 おいおい、男女差別かよ。


「追放するのは、ゴミスキルの無駄飯ぐらい野郎5人だ!」


「まず1人目は――」


 木村の指がもったいをつけるようにゆっくり動き。


「お前だ! 『告げ口』の友方ともかた!」


 効果がよくわからない外れスキル、『告げ口』の友方 拓也たくやが指差される。


「な、何で僕が!」


 大きく目を見開いた友方の顔を見るかぎり、本気で疑問に思っているらしい。正直その反応に驚く。誰がどう考えてもお前は確定枠だろ。


「お前この1ヶ月で何の役に立ったよ? わがまま放題でクラスの和を乱しただけだよな?」


「僕のお父さんは警察官僚だぞ!」


 実際中学のころ、自分をいじめた相手を少年院送りにしているので、地球ではかなりの効果があった友方の決め台詞。


「だから?」


 しかしこの異世界においては何の効果もない、鼻で笑う木村。


「帰ったらお父さんに言ってやる。そしたら逮捕だ!」


「やれやれ、何罪ですか……」


 月島が呆れたようにため息をつく。


「ファザコン男。超きもーい」


「タスケテーパパー」


 クスクスクスクス。ごく一部の女子以外、心底楽しそうに笑い出す。その中には姫宮もいやがる。こいつ追放されないとわかって、態度を一瞬で翻しやがった。

 ヤベーわ、女子こえーよ。


「うーうーうー!」


 友方は顔を真っ赤にし、壊れたように唸り続ける。


「2人目は――」


 友方を無視しながら話を進めていく木村。


「はいッ『極小貫通孔ごくしょうかんつうこう』の直樹なおきだぁ!」


 満面の笑顔で告げる、優越感で絶頂してそう。


たかしィ!」


 地球ではクラスカースト1位だった小鎗こやり 直樹は、もと取り巻きだったキョロ充の名前を呼びながら睨みつける。


「何だ文句あんのか? 葉っぱにすら穴を空けられない、お前のスキルいったいなんだよ」


「――推測ですが、肉眼では確認できないだけで穴は空いているのでしょう。この状況では役に立ちませんが……」


 木村と違い月島は、小鎗の追放に乗り気ではなさそうだな。


「どうでもいいぜ! ともかく追放だ! 異論がある奴は?」


 木村がクラスメイトを見渡すが誰も何も言わない。当然だろう、小鎗ですら追放されるということは、機嫌を損ねたら自分も追放されかねないのだ。

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