魔王ノレス、覚醒




「ア、アスタルテ君!?」




耳を突き刺すような爆発音が鳴り響き、その爆発から一人の影が生まれ落ちる。

その影は空中で体勢を変えること無く、そのまま地面に落下した。




「まずい、早く治療しないと……!コトハ、マギルカさん!」




誰よりも早く我に返ったレーネが、呆然と立っている二人に声をかける。




(そうだ、体力だけじゃ駄目だ。あれだけ魔法を一斉に放ったんだ、魔力の補充もしないといけない)




アスタルテは近接攻撃がメインだが、魔法の扱いにも長けている。

元々魔力を多く持つ人が一気にそれを失った場合、身体が魔力を補充しようと体力を削るのだ。

今のアスタルテ君がそうなってしまったら、体力をいくら回復させた所でそれによって自滅してしまう可能性すらある……。




(となると近い種族のほうがスムーズに供給できるはず……)




レーネはチラリとカヤの方を見るが、姉を失ったショックで放心状態になってしまっている。

あれでは満足に魔力を供給できないだろう……。





「ノレス!アスタルテ君に魔力の供給を────」





ノレスの方を振り返ったレーネの言葉が止まる。

そこには、見たこともない表情をしたノレスが立っていたからだ。




大きく見開いた目の先はアスタルテの方を向き、ピクリとも動かない。

その姿に底しれぬ恐怖を覚えたレーネは思わず震えてしまった。




これはどういう感情なのだろうか……?

ノレスが怒っている時は、いつも眉を吊り上げ怒鳴っていた。

普通はそうだ、ゼルだって私だって、怒ったら歯を噛み締め怒りの声を上げる。




だが今のノレスはそうじゃない。

カッと見開いた目に対し瞳は点のように小さくなっており、瞬き一つ、まるで時が止まっているかのように一切動かない。




ただただ尋常ではない不穏な空気がノレスの周囲に漂い続けている。




だが、今は動じている場合じゃない。

一刻も早くアスタルテ君の治療をしなくてはいけないのだ。




レーネは我に返ると、再度ノレスに声をかけようと口を開く。





「ノレス、アスタルテ君に魔力の補給を頼む────」

「…………

「え……? うわっ!!」





ノレスがぼそりと何かを呟いたと思ったら、暴風を残し一瞬で消えてしまった…………

















▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

















「チッ、あのガキが邪魔しおって……」




記念すべき一発目の砲撃が防がれ、クエンは怒りをあらわにする。




「まぁいい、ここならばすぐに再装填できるだろう」




そうしたらまた撃てばいいだけのこと。

クエンは口を釣り上げて笑う。




だが次の瞬間────。





────バリイィィィィィン!!





「なっ!?」




一体いつ近づいてきたのか、そこに現れたのはノレスだった。

手には槍を持っており、多少のヒビが入っていたバリアを





ノレスは持っていた槍を空中へ投げ捨てると、その槍は落下中に姿を消す。

そして次にノレスが持っていた物は長さ2メートルはあるであろう大剣だった。




「くぅっ!」




クエンは慌てて剣を引き抜き、ノレスの攻撃を受け止める。




(な…なんだこいつの力は…!)





ドーピングによって人知を超えた力を持ったはずのクエンは、ノレスの攻撃に耐えるのが精一杯だった。




攻撃が防がれたノレスは大剣を投げ捨てると、手に2本の双剣を出現させる。




(なんだ!?何がどうなっている!?)




ノレスの乱舞をなんとか紙一重で躱すが、次にノレスが握っていたのは人間4人分はあるであろう巨大なハンマーだった。




「ぐ、ぬぅあ!」




ノレスのフルスイングに対し、身体を回すことでなんとか受け流したクエンはノレスに話しかける。




「き、貴様!なんだその力は!どうして私が押されている!」

「…………」

「さてはあのガキか!あいつが何か仕掛けたんだろう!?違うか!?」

「…………」





クエンの言葉が聞こえていないのか、ノレスは一言も発することはなかった。

ただただ、次から次へと武器を出してはクエンに絶えず猛攻を仕掛ける。





(クソ!なんなんだ一体!)

クエンは苛立ちを顔に滲ませるが、正直なんとか回避することが精一杯だった……








「……あれ…は……」

アスタルテの治療、魔力供給をしていたコトハが、ノレスを見て固まる。




「コトハさん、あれの正体が分かるんですの?」

同じく治療をしていたマギルカとレーネがコトハの方を見る。

するとコトハは首を小さく振り、口を開いた。




「……ノレスがどうして…あの強さになったのかは…わからない……でも…さっきから使ってる武器……あれらは全部……神器……」

「なんだと…!?」

「う、疑う訳ではありませんが、それは真ですの!?」




コトハの言葉に、思わず二人は信じられないと言ったような表情を浮かべる。




「……間違いない…最初の槍も…大剣も…双剣も…ハンマーも…全部…神器……」

「な、なんで分かるんですの!?ただ似てるだけかもしれませんわよ!」

「いや、コトハは鑑定スキルを持っているんです……」

「なっ……」




正直レーネも信じられない……。

しかし、鑑定スキルを持つコトハの言葉だと、信じざるを得ないのだ。




「ま、待ってくださいまし! ということは、魔王ノレスは神器をいくつも所有していてしかも使い捨てのように使いまわしているんですの!?」

「いや、でも……」




確かにマギルカの言う通り、神器を複数持っていること、そして使い捨てのように次から次へと投げ捨てていることはとても信じられることではない。




(しかし……)




しかし、そもそも少し待ってほしい。





────使





レーネがいくら記憶を掘り起こしても、ノレスが武器を持っていたことは今まで無かったのだ。

だからレーネは頭の中で、ノレスは足技中心の武術と魔法での攻撃に特化していると思っていた。




だが、見ている限りノレスの剣筋はどれも一級品で、とても初めて使ったようには見えない。





(……魔王ノレス…一体、君は何者なんだ…?)




思えば不思議な点はいくつかあった。

魔法を撃つ際、詠唱している所を見たことがないし、今の武器だってどこから出現し、どこに消えているのだ……




アスタルテ君にも同じことが言える。

彼女も詠唱している場面は少ししか見たことがないし、武器のガントレットはまるで普段は透明になっているのかと思うほど戦闘の時に自動で現れる。




今まで様々な経験をし、様々な物を見てきたレーネだったが、今までそんなもの見たことも聞いたこともないのだ。




(神器特有の物……ではないだろう。私の師匠も、ゼル、コトハの師匠も常に神器を装備していたし、消したり出したりしている所を見たことがない……)




これは、終わったら是非とも聞いておかないといけないね。




レーネは疑問を頭の片隅に残しておくと、アスタルテの治療に戻るのだった────。





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