正義
立て続けに起こった事
―――
「どういう、事ですか?」
小泉さんがゆっくりと振り向く。笑っていたが笑顔が引きつっていた。
「だってそれ。小泉さんがずっと持っていたんでしょう?」
『それ』といって白藤さんが小泉さんが持っている鍵を指差した。全員の目がその鍵に集中する。
「その鍵があればこの屋敷のどの部屋のドアも開けられるんでしょ?もし鍵かけて部屋に閉じこもられても外から開けられるんじゃ意味ないわ。どうせ植本さんも坂井さんも本当は犯人を招き入れたんじゃなくて、小泉さんが鍵を開けて侵入した!」
「そ、そんな誤解です!私はこの鍵を持っていて今のように疑われるのが怖かったから、夜はずっと厨房の壁のフックにかけていました。それは諏訪さんもご存知です。」
「え?」
白藤さんが星美さんを見る。星美さんは黙って頷いた。
「じゃ、じゃあ二人共グルなんだわ。」
「そんな無茶苦茶な!」
「あの……ちょっといいかい?」
「何!?」
大和刑事が間に入る。白藤さんは興奮気味に振り返った。
「僕も知ってたよ。厨房に鍵がかかってた事。いつの夜だったか喉が渇いて水を飲みに行ったんだ。その時に見た。」
「私も見たぞ。小泉さんが言ってる事は本当だろう。わざわざ自分だけが疑われる方法を取るとは思えない。犯人とするのは今のところ、証拠不十分だな。」
相原さんも助け船を出す。小泉さんがホッとした顔をした。
「じゃあどうして服部さんはドアを開けたの?簡単に開けるような人じゃないでしょ。」
「それはわからないですけど、犯人が何かしかけたのかも知れない。この犯人、僕達が考えてるよりずっと上を行っているのかも。」
僕が言うと皆がそれぞれ唸りながら黙り込んだ。
「……部屋に戻る。昼食はいらないわ。」
白藤さんがバツが悪そうな顔で言うとさっさと自分の部屋に入っていった。残った僕達は互いに顔を見合わせる。
「じゃあ僕も部屋に戻るよ。昼食の時間になったら呼んで下さい。」
「私も戻る。後でダイニングに行くからよろしく。」
大和刑事と相原さんが連れ立って部屋に戻って行く。僕は小泉さんと星美さんを交互に見ると苦笑した。
「僕も帰ります。」
「では昼食が出来たらお呼びします。」
「じゃあね、流月くん。」
「はい。」
軽く手を上げて二人と別れる。少し行って振り向くと厨房に向かって行く後ろ姿が見えた。
「……」
僕は肩を竦めて気を取り直すと部屋に向かった。
―――
昼食の時間になったのでダイニングに入る。でも誰一人としていなかった。外ではまだ雨が降っている。明日には迎えの船が来るというのに大丈夫だろうか。
「あれ?確かここにラジオがあったはずなんだけど……」
皇さんの事件の事を僕達に知らせてくれたラジオが無くなっていた。昨日までは確かにあったと思ったけど今は跡形もない。小泉さんが片付けたのかも知れない。
「一人か。」
「あ、相原さん。時間になったのに誰も来ないんで心配してました。大和刑事は?」
「それが一応部屋に行ってノックしてみたんだが返事がなかった。」
「え……?まさか!」
「どうしました?」
「小泉さん、一緒に来て下さい!」
「は、はい!」
「ちょっとどうしたの?」
ちょうど出てきた小泉さんと一緒にダイニングから飛び出す。星美さんが血相を変えて追いかけてきた。説明している暇はない。僕は大和刑事の部屋に向かって走った。
「大和刑事!無事ですか!?」
ドアを勢いよく開ける。だけどそこで足は止まった。嫌という程見てきた光景がそこにあった。
「間に合わなかったか……」
まだ燃え盛っている暖炉の火の熱が部屋中に充満して暑い。僕は小泉さんに水を持ってくるよう頼むと、しゃがみ込んで星美さんに聞いた。
「タロットカードは?」
「机の上にあるわ。正義のカードの正位置と逆位置ね。正位置は公正な判断、均衡、正しさ、平等。逆位置は罪、不正、均衡が崩れる、不平等。最初はちゃんとした警官だった大和刑事が権力に屈して不正に加担した事を皮肉ってるのね。」
「水持ってきました。」
「暖炉の火を早く消しましょう。」
小泉さんが両手にバケツを持って部屋に入ってくる。僕はバケツを受け取って暖炉に向かってかけた。一回では消えず、二回目でしゅうと音がして火は消えた。
「何度も見てきた遺体だ。一連の犯人の仕業だろう。」
相原さんが静かに呟く。僕達も同意した。背中を何度も刺され、頭を殴られている。大和刑事がいなくなっても僕達で判断できる程に今までの殺され方と同じだった。
「あれ?白藤さんは……」
小泉さんがきょろきょろと辺りを見回す。その時になって初めて白藤さんがいない事に気づいた。また嫌な予感がする。僕は何も言わずに部屋を出て走った。
「白藤さん!」
白藤さんの部屋に転がり込む。しかし誰もいなかった。
「いない……」
呆然と突っ立っているとシャワーの音が遠くから聞こえる。急いでバスルームを覗いた。
「白藤さん……」
湯船にたっぷり溜まったお湯の中に左手を突っ込んで倒れている白藤さんがそこにいた。お湯が赤く染まっている。左手をよく見ると鋭い傷がついていた。
「流月くん、白藤さんは?」
星美さんがバスルームに入ってくる。僕は無言で首を振った。
「そんな……自殺?」
この状況を見て自殺と口にする星美さん。僕も一瞬そうだと思ったけどすぐに違うと分かった。
「躊躇い傷がない。白藤さんは殺されたんです。」
「え!?」
「殺されたって?どういう事だ。」
相原さんが星美さんの後ろから覗き込みながら言う。その更に後ろに小泉さんの姿が見えた。
「帝叔母さんの時に大和刑事が言ってたじゃないですか。躊躇い傷があるから自殺だって。という事は躊躇い傷がないのは他殺だって考えられませんか?」
「自分で一気に切ったんじゃないの?死ぬのを覚悟して一発で、っていう事もありえるんじゃない?」
「それは、そうですけど……でもあの白藤さんが自殺なんてすると思います?」
「本当は恋人が殺されて凄く辛くて、でも私達にはそれを知られたくなくてああいう風に振る舞っていた。という事も考えられなくはないが、あの気丈な性格で自殺というのはあまり結びつかんな。」
相原さんがため息混じりに言う。
「僕もそう思います。だからこれは犯人にやられたんですよ。大和刑事とどっちが先だったのかはわからないですがこれで一気に二人がいなくなってしまった……」
「残ったのは私達4人だけ、ですね。」
小泉さんが自分の腕を擦りながら落ち着かない様子で言うと、星美さんも白藤さんの遺体から目を逸らして深呼吸を一つした。
「どちらの部屋にも鍵をかけて、一旦ダイニングに戻りましょう。小泉さん、鍵を貸して下さい。」
僕は小泉さんに手を差し出して鍵を受け取る。それを使って白藤さんと大和刑事の部屋を閉めた。
その時になって白藤さんの遺体をベッドに運んだ方がいいと思い、もう一度開けて小泉さんと一緒にバスルームからベッドへ遺体を移した。
そっと布団をかけながら顔を見る。何とも言えない感情が湧き上がってきて僕は手をギュッと握りしめた。
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