第2話 テトはテト

 トテトテトテ…


 可愛い足音をならしながら瓦礫の山の中を フードをかぶり大きなリュックを背負った少女が、心配そうな顔で一人で歩いている。

 その先には、一人の男が瓦礫に腰をかけていた。


 トテトテトテ…


 少女が近づくと男が呟いた。


 「きたか…カバンを出せ…」


 男の声を聞いた少女は大きく2回うなずく。


 コクリ コクリ


 少女は更に男に近づく


 トテトテトテ…


 少女は男の大股に広げた足の間で、小さな両手を地面につき、膝まづいた。


 カチャカチャ…ゴソゴソゴソ…


 二人だけの空間でリュックをまさぐる音だけが響く。


 カチャカチャ…カチ


 最後に金具が止まった音がした。男が、少女の背負った大きめのリュックから何かを取りだし、リュックの蓋を閉めたのだ。


 少女は絶対にリュックを手放さない。


 男がリュックから手を放すと少女は立ち上がり、3歩さがってから両手についた砂を払う。


 少女は男の顔を見ないようにいつも下を向いている。


 少女は大きめのフードをかぶり直し、顔を隠す。そして、何度も折り返して使っているブカブカの服の折り目を直し、男の足元を見る。


 (男は勇者と呼ばれている。勇者はいつも一人だ。勇者に仲間はいない…)



 男はリュックから取り出した地図を見ていた。男が地図を見ていると地図の一部が勝手に黒く書き足されていく。それを男はただただ眺める。そして、書き足されることが止まったことを確認して呟いた。


 「来い…」


 少女は、またブカブカの靴で可愛い音をたてながら近づく。


 トテトテ


 そして、もう一度男の前で両手をついて膝まづく。男は、地図をリュックにしまい、食丸※と呼ばれる携行食を5つ取りだし、リュックを閉めた。また、少女は3歩下がる。 

※食丸:携行食であり、大きさは直径五センチ程度の球体、一粒で成人男性三日分の栄養がある。


 男は、4つを右ポケットに入れ、一つを砕き少女の方向に手を伸ばす。少女は、一瞬だけ男の手を見たあと、男の足元に目を落とす。


 「来い…」


 男がそう呟くと、少女は走り寄り、男の手の前で止まる。男は手から食丸の欠片を落としていく。


 少女は小さな両手で欠片を受けとるが、ほとんどがこぼれ落ちてしまう。男には欠片だが、少女には大きい。そして、また一瞬だけ視線をあげた後に転がり散らばる食丸の欠片を目で追っていた。


 「…食え」


 男は一度、息を吐き出したあとに呟いた。それを確認してか、少女は転がった食丸を全て拾い、男が入れたポケットと同じ右側のポケットに入れて食丸の欠片を一つだけ口に放り込む。


 モゴモゴモゴ…モミュモミュモミュ…


 少女は、男に見られながらゆっくりと咀嚼していく…

 数分かかって少しずつ呑み込んだ。その間、男の鋭い視線が少女を居抜き続けていた。


 「他も時間をかけて食え…」


 男がそういうと、少女は大きく2回うなずく。


 コクリ コクリ


 男は少女がうなずいたのを見た後、体勢を変えて完全に少女に向き直して命じた。

 

 「筆記用意」


 少女はすぐにその場にしゃがみこみ、足の間にリュックを置き、リュックのサイドポケットから筆記具と紙を用意した。そしてまた、男の足元に目を移し、うなずく。


 コクリ


 男は語り始めた。その声は透き通った小川のせせらぎのように清らかで、まるで唄をうたっているようだった。


 男は語る。これまでの戦闘をそしてそのを語る。男が語るのは勇者の伝記である。その場所で何が起こり、何を考え、何を行ったのか。その全てのを語っていく。記録が残れば、勇者が死んだあとも後を継ぐもののためになると信じて…

 …この男が勇者であることは事実である。語られる言葉には愛が感じられる。題名、前文、枕詞、本文、後書き等々全てから愛が感じられる。そう、少なくとも今この場にいる筆記し続けるはそう感じていた。


 本文が終わり、後書きも終わり、最後の最後は、毎回こう閉められる。

 【次代の勇者、勇者であろうとする全ての人間に宛ててこれを記す。】

 【勇者 リック】


…【記す者 「テト」】…


 最後は、少女の名前で閉められる。男の澄んだ声で…


 少女はこの「テト」という名前を男が口に出すときだけ…ひっそりと、少しだけ顔をあげ…男の顔を覗き見る。


 テトは、男が呼んでくれる自分の名前を聞くために、聴くためだけに歩く。


 トテトテ歩く。少女は決して声を出さない。

 声が出せないから…

 男の後ろを歩く。

 少女は男の名前を呼べないから…

 大きなリュックが繋がりだと信じて…


 男に名前を呼んでもらうために…



 男は勇者と呼ばれている。勇者はいつも一人だ。勇者に仲間はいない…勇者にいるのは…守りたい人だけだ… 

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