『拾ったバイクと元ヤン彼女③』
そのまま美香さんを見送った僕は店内へと戻った。
「どうだった」レジカウンターの中から生島さんが聞いて来る。
「教本貸してもらえるそうです。修理も教えてくれるそうです」
「そう、よかった。基本あの子面倒見は良い方だから」
「美香さん。見た目に反して良い人なんで驚きましたよ」
「んー、それはちょっと違うかな」
「え?」
「今の美香はあれが素なんだよ。別に悪ぶってる訳じゃ無いんだよ」
一体、どう言う事だろう。どう見てもレディースかヤンキーにしか見えなかったが……。
「困惑してるね」
「はい、どう言う事ですか」
「まあ、人生には色々あると言う事だよ。少年」
「はあ……」
その時の僕にはその言葉の意味が良く判らなかった……。
そして、翌日の夕方になり美香さんがコンビニに訪れた。
「ういっす、光一。本持って来たぞ」
美香さんはいきなりレジ前に立ちずいっと原付教本と問題集を差し出した。
「ありがとうございます」そう言って僕は本を受け取った。
「ん? 今日、チナっちは?」
「生島さんは今日非番ですよ」
今日の生島さんは非番である。代わりに商品整理をやっているのは、見た目気の良さそうなお爺さんの
「んだよ、つまんねー」
「明日から、またシフト入ってたはずですよ」
「ふーん、まあいいや。そいでおめーどうすんだよ。あのカブもう直すのか」
「はい、折角もらったので直してみたいです」
「んー、わかった。だったら、タイヤとチューブ注文すっぞ」
「あ、はい、お願いします」
「前後とタイヤとチューブと、後、リムバンドも換えた方が良いな……」
「あのー、いくらくらい掛かります」
「全部純正なら一万ありゃお釣りがくるぞ」
「それって自転車のタイヤより安くないですか」
「まあ、カブのタイヤは数が出てるからな。工賃無しならこんなもんだ。明後日には持ってくるから金用意しとけよ」
「はい、わかりました」
「おう、ラッキーくれ三つな」
「あ、おごりますよ。修理教えて貰う訳ですし」
〝ガッバ〟っといきなり美香さんに胸倉を掴まれた。
「てめー、ナマ言ってじゃねぞ! ぶっ飛ばすぞ!」
「え、すみません……」
「あたいはそんな気持ちでおめーの面倒見るつもりじゃねえんだ。お前は高校出たばだろ。こっちは歴とした社会人なんだ。いらねー気、使うんじゃねえよ。二度とそんな事言うなよ。わかったな」そう言い放ち手を離した。
「はい」
「んじゃあな。明後日の夕方タイヤとチューブ持ってくっからな」
「はい、よろしくお願いします」
確かにこの人は普通のヤンキーとは違う……生島さんの言った事が何となくわかった気がした。いや、単なるお節介焼きなのかもしれないが……。
夜、家に帰り美香さんに借りて来た教本を早速読んでみた。
書いてある内容は左程難しいものでは無かった。以前学校で習った自転車の安全教習と内容はほぼ同じだったのだ。一気に全部読んでついでに問題集を解いてみる。
しかし……得点は三十五点……。原付免許を取る為には五十問中四十五点以上は取らなくてはいけない。
どうやら、全ての引っ掛け問題に引っかかってしまった様だ。意地が悪い。それに色々な速度や距離についても正確に数字を覚えないといけないようだ。面倒臭い。僕はもう一度教本を手に取り読み始めた。
翌日、朝から新しいアルバイト店員が面接に来ていた。ちなみにこのお店コンビニなのに朝の七時から夜の十一時までしか営業していない。まあ、ド田舎なので深夜の時間帯にお客が来ることは殆ど無いのだが……。それでも休日のシフトが厳しいらしいので後二人はアルバイトが欲しいと店長の松見さんは言っていた。
「どうでした店長」
「取り敢えず明日から入ってもらう事にしたから。最初は昼間のシフトに入ってもらって、そのうち夜に入ってもらう事にするよ。よろしく頼むよ光一君」
「僕も新人なんですけどね」
「ははは、最初だけ仕事教えてもらえれば良いから」
「わかりました」
その日の夕方になり僕はレジに立った。
店の外の駐車場に緑色したアマガエルの様な軽トラ……マツダポーターキャブが入って来るのが見えた。美香さんの車だ。赤い革ジャンが店内に入って来る。
「いらっしゃいませ」
「ういー! 光一。すまねータイヤの在庫が店にあったわ」照れくさそうに頭を掻きながら美香さんがそう告げる。
「あら美香ちゃん。いらっしゃい」美香さんの来店に気が付いた生島さんがカウンターの奥の方から声を掛けてきた。
「おう、チナっち。うぃっす」
「ありがとうございます」僕は美香さんにお礼を言った。
「そいで、どうすんだ、光一。工具は家にいくらでもあるから貸してやれるけど、ここじゃ整備しにくいだろ」
「そうですね……」
完全に不意を突かれた。タイヤは明日来るものだと思っていたのでまだ何も考えていなった。
「だったらあのカブ、家に持ってこい。こっから三百メートル程上流に上がったとこだ」美香さんはそう言ってくれた。
折角なのでここは美香さんの言葉に甘えるとしよう……。
「はい、わかりました。後三十分ほどしたら交代時間なんでそれから持ってきます」
「あら、もう行っていいわよ光一君。後、私がやっておくから」そう言って奥の方から生島さんが微笑みかける。
「え? 良いんですか」
「うん、今日は店長もいるし、早く行ってしっかり修理教えて貰いなさい」
「はい」
「悪りーな、チナっち」
「はいはい」
こうして僕は美香さんの家でいきなりカブの修理をすることになった。
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