#5 消しゴム忘れちゃって

一限目が、世界史の授業だというのも都合が良かった。世界史の田辺先生は、基本的に前で喋るだけだ。当てられることもなければ、注意されることはない。


チラッと左を見ると、有季さんも暇そうに頬杖をついていた。一応、大事そうなところだけはちょこっとメモを取っているようだ。


よし、いけそうだ。

自分の消しゴムがしっかりと筆箱の底に隠れているのもう一度確認して、悠也は体を左に乗り出した。


ん?といった表情で、頬杖をついた有季さんが首だけをこっちに傾けてきた。

これはかわいい。


頭が真っ白になりかけるが、授業中に何度も頭の中で唱えたセリフを思い出す。

「実は僕、消しゴム忘れちゃって。貸してくれない?」

「ん、いいよ」

消しゴムに繋がっていた消しカスを丁寧に落としてから、僕の手に消しゴムを乗っけてくれた。


消しゴムを忘れたことを騙しているのが、申し訳ないぐらいだ。


「ありがとう」

不器用なりに、そして朝の挨拶が出来なかった分の思いも込めて、ちゃんと目を見て言ったつもりだ。


すると、有季さんの目がキュッと細くなった。

「どういたしましてっ」

そう言ったかと思うと、頬杖をついて元の姿勢に戻る。


その動きが少しぎこちなかったことを悠也は知らなかった。借りた消しゴムを使うことも忘れていた。


さっきの笑顔を見てわかった。やっぱり僕は、君が好きだ。




キーンコーンカーンコーン…


チャイムが鳴って帰りのホームルームが終わると、教室内は一気に騒がしくなる。友達としゃべる人、提出物を出す人、部活に行く人など、活動も様々だ。


「悠也、行こうぜー」


肩にバドミントンのラケットを担ぎながら声をかけてきたのは、澤田幸大。悠也と同じバドミントン部だ。悪ノリが激しいやつだが、根はいいやつだということはみんな知ってる。

こうしてホームルーム終わりに悠也に声をかけてくるのが、お決まりのパターンになっている。


「ちょっと待って。今、日誌を書いてるから」


「そんなの適当に書いときゃいいって。まあ、そこが悠也のいいところだけど」


幸大がみんなから好かれる理由が、今少しわかった気がする。


悠也を待っている間、陽太を捕まえて何やら笑いあっている。ちなみに陽太は部活には入っていない。あんなに運動神経がいいのに、もったいないと思う。


いや、今は日誌を仕上げなきゃ。「少し考えて、文字式の計算ができるようにします」と書いた。クラスみんなの前で間違えた問題だ。うちの担任の先生は、少しネタっぽいことを書けばOKだ。



__________

続く...

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